最後の肩代わり(1)
『皆様! 大変長らくお待たいたしました! 決勝戦の開幕です!』
スタジアムの中央で対峙する、2人の決勝戦進出者。
そんな彼らの戦いを盛り上げる実況者の声を聞き流しながら、私は幼馴染の顔色に注目する。
フェドクスは、ヴィクトリーを鬼の形相で睨みつけていた。
先程私に触れたことを、相当根に持っているらしい。
この様子なら、左足を失う展開にはならないかな……。
少しだけ警戒心を解いた直後、殿下に話しかけられた。
「エミリエ。さっき……」
ルドルフは世界最強の、魔法使いだ。
目の間で異能を奪い取る姿を目にしたら、さすがに黙ってはいられなかったのだろう。
――幻惑魔法を奪い取ったあとも、ルドルフは見慣れない魔力の流れがあると、すぐに気づいていた……。
ここで真実を伝えたら、「どうしてそんなことをするんだ」と凄まれる可能性が高い。
どうしようかと迷っていると、意外なところから助け舟が出された。
「そろそろ、始まるぜ」
ガザンは「雑談をしている暇があるならフェドクスの有志を見る時間に使え」と言わんばかりに、闘技場へ視線を移す。
――彼が好意的な態度を取ってくれるようになって、本当によかった。
「また、あとでね」
私は露骨に不満そうな表情で「覚えてろよ」と作り笑顔を浮かべた殿下との話し合いを回避し、特等席から試合を観察する。
「始め!」
審判の合図とともに、戦いが始まった。
「かかってこいよ!」
ヴィクトリーの挑発に受けて立ったのかは定かではないが、フェドクスは剣を鞘に収めたまま、彼と距離を詰めた。
「剣を抜かずに、どうやって攻撃するんだよ!? まぁ、俺には絶対に当たらねぇがな……! いひひ!」
独特の高笑いを浮かべた覇者は、両手を前に繰り出して魔法を使う。
しかし、普段なら発動するはずの障壁がいつまで経っても現れないことに気づき、絶句した。
「な……っ!」
己の身を守るはずだった防御魔法が展開されない。
それに焦ったところで、どうしようもならない。
フェドクスは彼が油断をしている隙に、勢いよく襲いかかった。
「ぐは……っ!」
ヴィクトリーの呻き声が聞こえた瞬間、観客席が静寂に包まれた。
無敗の英雄が、突然現れた無名の英雄に無抵抗で殴りつけられらるという姿は、衝撃の一言に尽きる。
「なんで、剣術を披露しないんだよ!」
「これじゃただの、喧嘩じゃねぇか!」
観客席の大半が、ヴィクトリーが華麗なる勝利を収めると信じていたのだ。
こうして彼が無様にやられる姿を見せるのであれば、責任を持って場を盛り上げろとでも言いたげだった。
「こんなクズに、剣を抜く必要を感じない」
フェドクスは冷たくそう言い放ったあと、男性の急所を蹴りつけた。
「う、うあぁああ!」
一際甲高い悲鳴を上げて土の上に倒れ伏し、悶絶した対戦相手は、こうして戦う気力を失った。
「勝者、フェドクス!」
心配が両手を天高く突き上げ、戦いの終わりを宣言する。
その瞬間、幼馴染に向けられる観客席からの声が、より一層激化した。
「あいつが、負けるわけがない!」
「八百長だ!」
「金返せ!」
一般的な精神状態であれば、怯えて縮こまってもおかしくない状態ではあったが――。
フェドクスは罵倒を浴びせられても、涼しい顔でその場に立ち竦んでいる。
それが余計に、彼らの怒りへ火をつけているようだった。
「すごいね。オッズ、何倍だっけ?」
「1045倍です」
「エミリエの、総取りだね」
「しっかし、すげーブーイングの数だな。大丈夫か?」
「問題ありません。心ない言葉をぶつけられるのは、慣れていますから」
私たちは雑談をしながら、幼馴染を心配してくれた彼らに問題ないと告げた。
すると、2人は顔を合わせたあと、ほぼ同時に肩を竦める。
「それは、慣れちゃ駄目だよ」
「同感だぜ」
――相変わらず、仲のいいことで……。
どんな言葉を発しても意味がないような気がして、曖昧に苦笑いを浮かべた時、闘技場にある異変が起こる。
「くそが……!」
土の上に倒れ伏していたはずの敗者が立ち上がり、悪態をついたのだ。
ヴィクトリーの瞳は、勝者に対する憎悪で染まっていた。
「俺はなぁ! 負けるわけには、いかねぇんだよ……!」
男が真っ二つに折れた剣を勢いよく足で踏み潰した瞬間、そこから魔物が勢いよく飛び出してきた。
「やっちまえ!」
それらは一斉にフェドクスへ襲いかかるが、あの程度の魔獣であれば軽々といなせる。
幼馴染は危なげなく、すべての獣を討伐した。
「うぉおお!」
「フェドクスが、魔物を倒したぞ!」
「新たな英雄の、誕生だ!」
その様子を目にした観客たちの盛り上がりは、最高潮だ。
賞賛を受けるフェドクスの姿を目にして、ガザンは露骨に嫌そうな顔をした。
「ありゃ、援護は必要ねぇか?」
「いえ。お2人とも、準備をお願いします」
「そうだね。これは、序の口だ」
ルドルフがいつでも魔法を放てるように詠唱をし始めた直後、男は最終手段に出る。
「この闘技場の英雄は、あいつじゃねぇ! この俺だ……!」
ヴィクトリーは己の身体を捧げ、魔王を降臨させるべく動き出したのだ。
「はっは! 力が、漲ってくる……!」
本来ならば、生まれ持った守護魔法が魂を保護し、魔王が取り憑いても自我を保てるはずだった。
しかし、特殊能力を失った男は魂までを食い殺されてしまう。
「あが……っ。あががが……!」
その結果、魂を失った器は、魔王をその身へ下ろす前に壊れ――恐ろしい化物に、姿を変えてしまった。
「ぁ……」
私はこの光景から、目が離せない。
なぜならば――幼い頃に、見覚えがあったからだ。
『エミリエ!』
小さなフェドクスが、私を抱きしめて泣いている。
彼の周りには大人から子どもまで、大量の物言わぬ躯が倒れ伏していた。
――本当は私があの男のように、命を捧げるべきだったのに――。
それを拒んだせいで、たくさんの命が犠牲になってしまった。
どれほど謝罪を繰り返したところで、失った命は戻らない。
だから私はあの子たちの分まで、何がでも生き残ってみせると決めたのだ。
そうすれば、あの悲しい出来事を、忘れられる気がしたから――。
「エミリエを、これに近づけるな!」
――パァン!
ガザンの放った銃声と、フェドクスの怒声で我に返った。




