単勝1045倍の男
「さぁ! 賭けた、賭けた! 今回の闘技大会で誰が勝つか! 受付は、ここだよ!」
フェドクスが闘技大会の出場打診を受けてから、数時間後。
私は両隣にルドルフとガザンを従え、賭け事を取り纏める受付へとやってきた。
「もちろん勝つのは、無敗の英雄ヴィクトリーで決まりだ!」
「オッズ1。5倍なんざ、賭けたってしょうがねぇだろ!」
「ここはな、大金を賭けるところじじゃねぇ。小金をちまちま稼ぐところなんだよ!」
受付の年配男性は見た目からしてガラの悪い人々が差し出してきた袋にを預かり、受付の奥に並べた。
どうやら、そこには大量の金貨が収納されているらしい。
それにしても、すごい数だ。
ゲームの中では専用スチルなんて用意されていなかったから、間近で見ると圧倒されてしまう。
「違法賭博にしては、規模が大きいね」
「なんつーか、堂々とし過ぎじゃねぇか? チクったら、一発アウトだろ。これ……」
さすがの2人も、これほど巨大な違法賭博場は目にしたことはないのだろう。
さっさと匿名通報でもなんでもして、対策を練るべきではないかと難色を示している。
――どうせこの闘技場は、そう遠くない未来に潰れる。
ならば、資金源は有効活用しなければ損だ。
「汚いお金を1つにまとめあげるには、もってこいですね」
「エミリエ?」
「まさか……」
不思議そうにこちらを見つめるガザンと、すぐにやろうとしていることに気がついて制止しようとするルドルフから声をかけられるよりも早く、私は意気揚々と受付に乗り込んだ。
「すみません」
「なんだい? 嬢ちゃん。見ない顔だが……」
「誰かの紹介がなければ、賭けられませんか?」
「いや? 初心者でも、大歓迎だぜ。ただし、大損こいても泣き喚くなよ」
「はい。もちろんです」
私は探るような視線を向けてくる男性に、満面の笑みを浮かべる。
こうしておけば、相手の油断を引き出せると考えたからだ。
案の定、受付の店員は警戒心を解いてこちらへ問いかけてくる。
「誰に賭ける?」
「フェドクスに。これを全部」
私は小さなショルダーバッグの中に詰め込んだ金貨袋を取り出し、それをドサリとカウンターの上に置いた。
受付の男性は目を丸くして、驚いている。
「嬢ちゃん、正気かい?」
「受理して頂けますよね?」
「そりゃ、まぁ……」
こちらが凄んだところ、なぜか視線を逸らされてしまった。
一体なぜだろうかと不思議がったところ、いつの間にか後方にルドルフとガザンが控えているのに気づく。
どうやら、彼らが援護射撃をしてくれているらしい。
「ま、毎度あり!」
受付の男性は恐怖に引き攣った笑みを浮かべ、慌てた様子で金貨袋を纏めて回収し、引換券を手渡してくれる。
これが、前世で言うところの馬券のようなものなんだろう。
優勝候補のヴィクトリーさんは、100円賭けても150円しか戻ってこないが――。
大穴のフェドクスは、1045倍。
つまり、100円で10万4500円返ってくる。
1枚500円の価値がある金貨が100枚入った袋を一袋差し出したため、無事に幼馴染が勝利すれば5225万円が手に入る計算だ。
この違法賭博でどれほどお金を巻き上げてきたのかまでは知らないが、見事的中した場合は現金一括で手にするのは難しい額であることは間違いなかった。
「あの反応じゃ、フェドクスに期待してる奴はあんた以外はいねぇようだな」
「仕方ありません。私たちは、余所者ですから。皆さんは、賭けなくていいのですか?」
「オレはパス。金に困ってねぇし」
「僕も、止めておくよ。後々痛い腹を探られたくはないからね」
「そうですか……」
――賭けた分だけ大金持ちになれる、ボーナスタイムなのに……。
私はもったいないと思いながらも、無理強いするのはどうかと考え、気持ちを切り替える。
「そろそろ、始まるんじゃねぇの?」
「フェドクスの顔を、見に行こう。きっと、喜んでくれるよ」
「はい!」
その後、馬券を大切にポシェットの中へしまい込むと、彼らに促されて闘技大会の会場へと移動をしたのだった。
*
――フェドクスは危なげなく、順調に勝ち進んだ。
恐らく、あの様子では本来の実力の1ミリも出していないだろう。
これから起きる出来事を考えたら、体力は温存しておくに限る。
「いよいよ、決勝戦だね」
「フェドクスの様子を、見に行きましょう」
「あんたも、だいぶ過保護だよなぁ……」
私たちは彼が勝ち進むたびに、観客席と控室を行ったり来たりしていた。
フェドクスが、自分と触れ合わなければやる気が出ないと知っていたからだ。
「次も、頑張れそう?」
「ああ」
幼馴染は顔を合わせる度に、試合が始まる1分前まで私を抱きしめ、名残惜しそうに身体を離してスタジアムへと歩みを進める。
そんな姿は、やはり周りからしてみても異様に映るようだ。
「毎回毎回、団体様で控室に来るなんて、どうかしてるぜ」
観客席へ戻ろうとしたところ、こちらを小馬鹿にして笑い飛ばすような声が聞こえてくる。
――ようやく、待ち人出会えた瞬間だった。
「しかも、こんな可憐な嬢ちゃんを連れてくるなんてな!」
「きゃ……っ」
「エミリエ!」
幼馴染がこちらを振り返り、危機を悟って手を伸ばす。
私はその指先に助けを求めることく、わざとヴィクトリーに捕まった。
異能を奪い取るためには、身体に触れる必要があったからだ。
――よし、これで完璧……!
「おい! 何すんだ!」
一番近くにいたガザンが私と男を引き離した時には、すでに彼の守護魔法は私のものになっていた。
誰にも悟られず、対象者に触れるだけで異能を窃盗できる。
この力は、やはり最強だ。
「怪我はないかい?」
「はい。ありがとう、ございます」
ルドルフに問いかけられ、問題ないと笑いかける。
その後、私は幼馴染に視線を移した。
フェドクスは唇を噛みしめ、己の不甲斐なさを
恥じている様子を見せている。
――このままなんの言葉もかけず、最悪の結末を迎えるなんて冗談じゃない。
私は彼を勇気づけるため、笑顔で幼馴染を送り出した。
「フェドクス。頑張ってね」
「ああ……」
フェドクスは心ここにあらずと言った様子で生返事をすると、私に危害を加えようと目論んだ対戦相手を睨みつけ、スタジアムへと再び歩き出した。
「俺様が勝ったら、報酬にあんたをもらうぜ! どこへデートしたいか、考えといてくれよな!」
ヴィクトリーはそう宣言し、なぜかご機嫌な様子でフェドクスのあとに続いた。
――あの人、苦手だなぁ……。
そんな感想をいだきながら、私はルドルフとガザンを伴い、客席に戻った。




