闘技大会への出場は終わりの始まり
「やっと、見つけました!」
――フェドクスが1人で魔物を倒してから、数日後。
次の街に辿り着いた私たちが宿屋でチェックインを済ませたところ、フェドクスのマントを背中から掴む女性が現れた。
「は……っ!」
「あなたがたった1人で、600体もの魔物を討伐した凄腕剣士に間違いございませんね!?」
幼馴染が「離せ」と言い終わる前に手を引っ叩いて距離を取った瞬間、彼女の口から想像もしていなかった発言が飛び出し、ガザンが絶句する。
私はどうにもその凄さにピンとこず、殿下に解説を求めた。
「おいおい。600って……嘘だろ……」
「そんなに、すごいのですか?」
「僕たち魔法使いは、広範囲魔法が使えるからね。大したことじゃないけど……。生身の人間……。それも、前衛の騎士がたった1人でそれだけの魔物を仕留めるなんて、正気じゃないよ」
「最低でも、1分間に、1体は倒してる計算だもんな。まさか、身内にバケモンがいるとは思わなかったぜ」
ガザンの補足説明を受け、ようやく納得できた。
10時間以上、飲まず食わずに休憩すら取らず、たった1人で剣を振るってその数を倒すのは尋常ではない。
辺境伯は呆れたように、本来の実力を隠していた幼馴染を責めた。
「今まで、手を抜いてたのか?」
「火事場の馬鹿力だ」
「なんだそれ?」
フェドクスは私に教えてもらったとは、言わなかった。
彼も幼い頃に意味を説明してはあげたが、覚えてはいないのかもしれない。
それか、特別な思い出だと思い込んでいるからこそ、他人に奪われたくないのか……。
「こほん。私はあなたへ、闘技大会に出て頂きたいのです!」
すっかり仲間内で会話に花を咲かせていたところ、咳払いをした女性がフェドクスに向かってある提案をする。
しかし、彼はきっぱりと断ってしまった。
「断る」
「即答かよ……」
あまりもの素早さに、ガザンが引いている。
彼は辺境伯に睨みを聞かせながら、淡々と女性を説得するための理由を口にした。
「俺の剣術は、見世物ではない。エミリエを守るためのものだ」
ドヤ顔で宣言された女性は、ポカンと口を開けて呆然とその場に佇んでいる。
彼女からしてみれば、「エミリエ」と呼ばれた存在が誰かもわからない状態だ。
そうした反応をするのは、無理もなかった。
「こういう時だけ、カッコつけんな」
「彼の場合は、素だろうね。ははは! 面白い……っ」
2人のやり取りを目にした殿下は、バンバンと机を叩いて大爆笑している。
恐らく、親友が女性を口説く姿を思い浮かべて、重ねているのだろう。
ガザンは比べられたのがよほど嫌だったらしい。
胸の前で腕を組み、苛立ちを隠せぬ様子で眉を顰めていた。
――このままじゃ、いつまで経っても話が前に進みそうにないな……。
私は恐る恐る、女性に話しかけた。
「優勝したら、フェドクスにメリットはありますか」
「エミリエ……?」
「ええ! もちろん! 現在闘技場の王者は、無冠の英雄ヴィクトリーです。彼を打ち負かした暁には、この世界全土にその輝かしい功績が轟くでしょう!」
英雄の名前を聞いて、ピンと来た。
これは、魔王戦前に起きる最後の試練。
フェドクスが左足を失う、イベントの始まりを告げる出来事だ。
この闘技大会は魔王の配下が主催した、違法賭博が行われている。
剣奴のヴィクトリーは、守護魔法を使って絶対王者として君臨していた。
フェドクスの素晴らしい剣裁きで魔物を屠る姿を偶然目にした魔王の配下がスカウトにやってきて、闘技大会へ参加させるところまでは原作と同じだけど……。
じこファンでは、二つ返事で出場を決心していた。
こんなに嫌がっている描写は、なかったはずなのに……。
これも2人の傷を肩代わりした、私のせいなのかも……。
ヴィクトリーの守護魔法は、術者の精神力に応じて強力な障壁を生み出せる。
いずれ左半分が不自由になった状態で、私を痛めつけるのが快感となっている神殿――悪魔の巣窟へと戻るのだ。
これ以上身体に傷を増やさぬためにも、この魔法は絶対に奪い取っておきたかった。
「出てみたら?」
「俺達に、そんな暇はない」
「フェドクスがただの護衛騎士じゃないってこと、もっとみんなに知ってほしいよ」
そのためには、ヴィクトリーと接触する必要がある。
剣奴として名を馳せる彼と面と向かって会話を行うのであれば、フェドクスに闘技大会を勝ち進んでもらうのが手っ取り早い。
私は嫌がるフェドクスの説得を試みる。
すると、幼馴染は紫色の瞳をキラキラと光り輝かせ、こちらへ問いかけてきた。
「俺の実力を世界に知らしめたら、エミリエは嬉しいのか」
「うん。世界で一番すごい剣士になったら……。もう二度と、平民だからって差別されなくて済む。きっと今よりも、幸せに暮らせるね!」
なんだか私まで気分がよくなって、ニコニコと笑みを浮かべる。
左腕が使える状態であれば、両手を合わせてパンっと手を叩いていたところだ。
「どう思う」
フェドクスはしばらく無言で熟考の末、仲間たちに問いかけた。
――珍しいなぁ。
彼が、みんなに意見を求めるなんて……。
背中を預け合って魔物と戦う場面はあれど、心の底まで信頼している様子が見えなくて、ずっと心配していたのだ。
2人は顔を見合わせたあと、頼ってもらえたのが嬉しくて仕方がないと言わんばかりに口元を綻ばせ、意見を述べた。
「みんなで協力して魔王を倒しただけでも、充分賞賛に値するだろうけど……。君だけの誉れを突き詰めるのも、いいんじゃないかな」
「肩書きは多いに越したことはないぜ? まぁ、無事に魔王を倒せたらの話だがな……」
どうやら仲間たちも、賛成してくれているようだ。
誰も反対意見がないのであれば、このまま頑なに固辞するのもどうかと考えたのだろう。
フェドクスは、ボソリと女性が待ち望んでいた解答を口にした。
「やる」
「まぁ! ありがとうございます! あなたならきっと、無冠の英雄ヴィクトリーに打ち勝てるはずです!」
彼女はようやく説得に成功できたと喜び、闘技大会の時間と場所を告げて去って行った。
「嵐のような人だったね」
「それにしたって、随分と急だよな。昼間に声をかけて、開催は2時間後とか……」
ガザンが苦言を呈するのも、無理はない。宿屋でのんびりと羽根を伸ばす時間を、奪われてしまったのだから。
「フェドクスは、僕たちよりも早くに会場入りをするんだよね」
「ああ。その間、エミリエを頼む」
「おう。任せとけ!」
ガザンは「大船に乗ったつもりでいてほしい」と言わんばかりに胸を叩いたが、フェドクスは不安が拭えないようだ。
私は「こいつらに任せていいのだろうか」と不安げな幼馴染に微笑みかけ、外出前の充電タイムに勤しむ彼の抱き枕と化したのだった。




