暴れ回ったあと
鬼の居ぬ間になんとやらとは、よく言ったものだ。
フェドクスがいないのをいいことに、私は残りの2人とほぼ1日中過ごす羽目になった。
「見て、エミリエ。炎だよ」
ルドルフの魔法を間近で目撃したり――。
「お、重いです……!」
ガザンが愛用している鉄砲を持たせてもらったり。
みんなで話をすると、あっという間に時間が過ぎていく。
――フェドクスは、いつ帰ってくるんだろう?
彼がいなくなってから、もう10時間以上が経過している。
さすがに探しに行ったほうがいいんじゃないかと噂をし始めたころ、廊下に繋がる扉が外側から開いた。
「お帰りなさい――」
満面の笑みを浮かべて、フェドクスに挨拶をしている途中で固まった。
全身に、どす黒い魔獣の返り血を浴びた状態で姿を見せたことに驚愕したからだ。
「まだ、起きていたのか……」
彼はこんな状態で私と鉢合わせたのが、よほど気まずかったらしい。
それだけ言い残すと、こちらに興味をなくしたかのように視線を逸らすと、水場へ消えてしまった。
――頭を冷やしてくるって、何してたの?
あの様子じゃ、魔獣狩り……?
何かあっては困るからと、念のため雑魚寝状態で床に寝転がっていた2人も飛び起き、顔を見合わせている。
「あれ、水で洗い流せるレベルか?」
「入念に身を清めないと、難しいだろうね」
「どんだけ、大暴れしてきたんだよ……」
ヒソヒソと声を顰めて囁き合う2人の姿を目にして、私は神殿にいた頃も何度かこうした光景を見たなぁと昔を懐かしむ。
「ストレスが、溜まっているんだと思います」
「あいつ、怒りを力に変えるタイプか?」
彼の口からはっきりと「そうだ」と断言された覚えはないが、私が危機的状況に陥った時は、火事場の馬鹿力とでも言わんばかりの攻撃力を発揮するところを何度か見ている。
「恐らく……」
間違いないだろうと告げたところ、殿下はどこかほっと胸を撫で下ろした様子で呟く。
「今までよく、僕達に襲いかかって来なかったね」
「私が、お願いしたんです。何があっても、お2人には手を出さないようにと」
「それで、睨みつけられていたのか……」
「申し訳、ありません……」
フェドクスは表面上、私の命令に従ってくれたが、やはり見えないところで彼らを不快にさせていたらしい。
慌てて謝罪をしたところ、2人は私を慰めてくれた。
「いや、あんたが謝る必要はねぇだろ。むしろ、助かったぜ」
「そうだね。君が生きている限り、彼は飼い主の言うことだけを聞く忠犬だ。僕たちに対して、どんな対応を見せるかはわからないけど……」
「ま、今日はずっと、オレたちがあんたの面倒を甲斐甲斐しく見てやったからな。夜くらいは、譲ってやるよ」
ガザンはもしかすると、人一倍他人の気配に敏感なのかもしれない。
床に敷いていたシーツを手慣れた手つきで畳み、隣の部屋へ戻る準備を殿下と終えた直後、身を清めて着替えを済ませた幼馴染が再び姿を見せた。
フェドクスは焦点の合わない瞳でこちらをじっと見つめ、ため息混じりの低い声を発した。
「まだ、いたのか……」
「君が戻って来るまで、エミリエを守っていたんだ」
「感謝しろよ。これ、貸しだからな?」
彼らの声を聞いて、外で発散してきたはずの怒りが再び燃え上がったのだろう。
苛立ちを隠せない様子で睨みを効かせるフェドクスに、恐れをなしたのか。
2人は息をぴったりと合わせて、私の宿泊している部屋から出て行った。
「あいつらの匂いが、染みついている……」
幼馴染は乾かしきれていない髪の毛先からポタポタと、布で拭いきれなかった水滴を床の上に垂れ流しながらこちらへ歩み寄り、胸元へ顔を埋めた。
「頭、冷やしてきたんじゃないの?」
「足りない。何度、殺しても……。あの程度では……」
「もしかして、焦ってる?」
私は彼の肩にかけてあった布を手にとって、頭部に乗せる。
その後、ワシャワシャと髪をかけ混ぜながら、フェドクスの顔色を覗き込んだ。
「俺はもっと、強くなりたい。そうしなければ、君を守れない。あいつらに、取られてしまう。それだけは、絶対に嫌だ」
紫色の瞳には、「私を絶対に奪わせない」という強い意志が込められている。
歳を重ねるごとに、彼が己に向ける執着心は、日に日に増していた。
このままでは、ヒロインが姿を見せても恋愛関係に発展できないんじゃないか――。
そんな危機感に苛まれ、どうにか私に対する気持ちを失わせようと、遠回しに距離を取り続けていた。
だけど――。
どうしても、縁を切れなかった。
離れようとすればするほど、彼が意固地になっていくと気づいたから。
――私は、最低な人間だ。
彼に好かれて、嬉しいと思っている。
フェドクスと同じくらいの愛を、幼馴染に返すつもりはないくせに――。
都合のいいように搾取して、お礼とばかりに優しい言葉をかけ、縛りつけている。
「無理しちゃ、駄目だよ。いざという時に、全力を出せなくなっちゃう」
「限界を、突破しなければ……。俺はいつまで経っても、成長できない」
「フェドクスは今だって、充分強いよ」
「まだ、足りないんだ。あいつらを瞬殺できるくらい、強くならないと――不安で、仕方がない……」
幼い頃から、彼は一貫している。
いつだって、私から与えられる愛に飢えていた。
私は彼が渇望している物を知っているのに、あえて見て見ぬふりをしてきた。
そんな矢先に彼らが表れ、自分の存在を無視して交流を深め始めたのだ。
疎外感を抱くのは、当たり前だった。
「ごめんね」
「どうして、君が謝る」
「全部、私のせいだから」
こういう時、私ができることは一つしかない。
誠心誠意謝罪をして、彼の気持ちを落ち着かせる。
フェドクスの苦しみに寄り添えば、きっといつも通りの関係に戻れるはずだと信じている。
「フェドクスの気持ちを知っているのに、ほかの2人と会話なんかして……。いい気分じゃ、ないよね」
「違う。俺は、エミリエを悲しませたいわけでは……!」
「うん。フェドクスなら、そう言ってくれると思ってた」
紫色の瞳に、ようやく光が戻って来る。
焦った様子で声を荒らげたのなら、もう心配はいらない。
ちょうど髪も乾いたし、濡れた布ははベッドサイドに干しておこう。
私はフェドクスと向き合い、彼を優しく叱りつけた。
「いくらストレス発散のためとは言え、1人で魔獣の群れと戦うなんて、駄目だよ。何かあったら、大変だもん」
「大丈夫だ。俺は這ってでも、必ず君の元へ戻って来る」
「魔王との戦いも、控えているんだから……」
私がラスボスの話をした瞬間、幼馴染はものすごい勢いで視線を外に向けた。
一体どうしたんだろうかと不思議に思うが、フェドクスは罰が悪そうにこちらへ目線を戻す。
「フェドクス? どうしたの?」
「いや。なんでもない……」
その後、そのままゴロンとわたしと一緒に寝台へ横たわった。
「寝よう」
「うん……。お休みなさい、フェドクス」
「ああ。よい夢を」
長時間、魔獣と戦っていて注意力が散漫になっているのかもしれない。
私は彼に促されるまま、ゆっくりと目を閉じた。




