攻略対象サンドイッチ
彼がこのまま、室内をあとにしようとしたところ――。
開け放たれた扉から、言い争う声を聞きつけたルドルフが姿を見せた。
「なんだか、随分と騒がしいようだけど……。トラブルでも、起きたのかい?」
全員の視線が、一斉に殿下へ集中する。
ガザンは呆れたように肩を竦め、事情を簡単に説明した。
「気にすんな。いつものアレだ」
「ああ……。嫉妬か……」
付き合い長いの2人はあっという間に状況を把握すると、殿下は貼りつけた笑みを浮かべて私たちに告げる。
「食事の用意ができたみたいだよ。みんなで一緒に食べよう」
「断る」
「フェドクス。落ち着いて……」
「俺より、こいつらを取るのか」
しかし、ガザンとただならぬ関係になったと勘違いをしているフェドクスは、虫の居所が悪い。
絶賛、不機嫌モードを継続中だ。
「私たちは、仲間だよ。誰か1人が特別なんじゃない。誰も、欠けてはいけないの」
「俺は、エミリエだけがいればいい……。君の身体に傷をつけた。ほかの奴らなど……」
――私にまで憎しみの籠もった視線を向けて、瞳孔が開いた瞳を向けてくるあたり、重症だ。
こちらが安心させるために頬へ触れた瞬間、彼はピタリと言葉を止めた。
どうやら、ようやく我に返ったようだ。
「頭、冷やしてくる?」
「ああ……」
フェドクスは私を寝台の上へ座らせると、心ここにあらずな様子でふらふらと外に出てしまった。
――大丈夫、かな……。
彼のことは心配だが、今はフェドクスを追いかけるよりも先にやるべきことがある。
私は部屋に残った2人の名を呼び、頭を下げた。
「殿下。ガザン。大変申し訳ございませんでした」
「あんたが謝ることじゃねぇだろ」
「うん。気にしてないよ」
彼らはこちらになんの罪もないと口元を綻ばせたあと、少しだけ席を外す。
数分後に姿を見せた彼らは、食事の乗ったトレイを手にしていた。
「せっかくだから、駄弁りながら食べようぜ」
「1人で、大丈夫?」
「はい。問題ありません」
こういう時、右手が利き手でよかったと思う。
私は彼らが用意してくれた朝食を口に運びながら、この場から姿を消したフェドクスの話を始めた。
「図体だけはデカいくせに、内面はめちゃくちゃガキだよな」
「初めて出会った時から、一貫しているよね。彼の行動原理は、すべて君を第一優先に考えられている。僕らなんて、眼中にないみたいだ」
本来であれば、王族は敬われるべき存在だ。
平民であるフェドクスが、殿下ではなく聖女である自分を優先するなんて、絶対にありえない。
遠回しに「世間知らず」だと非難されているような気がして、より一層居た堪れなさが強まった。
「本当に、申し訳ありません……」
「いや、いいんだ。権力に怯えず我を通す人間がいてくれると、僕も助かるから」
「フェドクスを、好ましいと思ってくださるのですか……?」
「当たり前だよ。だって、彼は君の大切な人だろう?」
私は、こくんと頷く。
恋愛感情こそ抱けてはいないが、彼には危ないところを何度も助けてもらっている。
簡単に言えば、命の恩人だ。
大切じゃなかったら、タメ口で会話などしていなかった。
「僕にとっても、友好的な関係を築き上げたい人だ。男同士でしか、分かり合えないこともあるだろうし……。時間をかけてゆっくりと、交流を深めるよ」
2人は、「なんであんな奴と一番仲がいいのか」と責め立てるような発言はしてこなかった。
それが、何よりも嬉しい。
焼き立てのパンに舌鼓を打ちながら、なんだか気分が上向きになるのを感じる。
そんなこちらの姿を目にしたガザンは、さり気なく幼馴染の情報を引き出すために質問をしてきた。
「あいつって、どんな奴なんだ?」
「そうですね……。フェドクスは、とにかく頑固です」
ここにはいないフェドクスの姿を思い浮かべ、一言で説明するならばどんな言葉が適しているかを考える。
――じこファンのキャラクター紹介で記載されていた内容と、今の状況は、だいぶ違うからな……。
こればかりは、自分の言葉で見たままを伝える必要があった。
「一度決めたら、その目的のために邁進する。真面目ではありますが、手段を選ばないところが弱さにも繋がっています」
「フェドクスの太刀筋に迷いがないのは、それが理由なんだね」
「1人にして、大丈夫なタイプか?」
ガザンから問われ、しっかりと頷く。私たちは周りからよくいつでも一緒のニコイチと勘違いされているが、案外別々に過ごさなければいけないことも多かった。
夜になると、まるで恋人のように身を寄せ合うのは、そばにいなかった時間を取り戻すためだと知っているから、過剰とも言える身体接触を許していた。
「ガザン、言われてるよ」
「わざわざ、指摘しなくたっていいだろ……」
ガザンは単独行動を行ったせいで、自らの左腕を失う羽目になった。
そんな苦い経験を思い出しているようで、露骨に嫌そうな顔をする。
私はそんな2人のやり取りを観察しながら、たっぷりと時間をかけて朝食を食べ終えると、口元を綻ばせた。
「ご心配には、及びません。早ければ数分、遅くとも数時間後には姿を見せるでしょう」
「なら、いいんだけどな」
しかし、ガザンには思うところがあるらしい。
出入り口の扉をじっと見つめ、何か言いたげな視線を向けている。
そんな親友を気にした様子もなく、殿下がテキパキと食事を済ませたお皿を纏め始めたため、慌てて後片づけを手伝う。
そのせいで、どうして辺境伯が難しい顔をしたのか聞くタイミングを、逃してしまった。
「ガザン。今……」
「んー? あんたもやっと、オレたちに心を開く気になったか」
「フェドクスがいない間は、僕たちがエミリエを独占し放題だね」
親友コンビは、ニヤニヤニコニコと含みのある笑みを浮かべ、私の左右に腰をおろしてこちらを見つめてくる。
――攻略対象サンドイッチなんて、私には荷が重すぎる……!
これから、どうなってしまうんだろうか。
そう、戦々恐々としながら――私は幼馴染が戻って来るまで、3人で気の抜けない時間を過ごす羽目になったのだった。




