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嫌われ転生聖女は、攻略対象の想い人 死亡フラグを回避するために欠損を肩代わりしただけなのに、どうして曇った三英雄が執着してくるのですか?  作者: 桜城恋詠
【第一章・魔王討伐編】

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【1-3】3人目・左足を失うまで

 左側の視界が真っ黒に染まってから、半年ほどが経過した。


 片目だけしか使い物にならない生活に慣れたあと、左腕が使えなくなった。


 この状況に順応するのは、想像していたよりも時間がかかるらしい。


 ――困ったな……。


 まず、ベッドから起き上がるのも一苦労だ。

 今は両足が使えるから、上半身を反らして力を込めて起き上がればいい。


 しかし、私はそう遠くない未来に左足を失うのだ。

 下半身には、頼れない。

 そのため、私は1人で寝台から起き上がる方法を編み出した。

 それは――。


「うん、しょ……」


 まずは左腕を下敷きにし、身体を横たえる。

 そこから右腕の力を使って、起き上がる方法だ。


 ――手が、自分の体重を支えきれずにプルプルと動いている。


 フェドクスにお願いしてダンベルを借り、腕力を鍛えたほうがよさそうだ。


 動けるうちに、体力をつけておかなくちゃ。


 そんなふうに、意識をあらぬ方向へ向けたのがよくなかったのだろう。


「あ……っ!」


 集中力が切れたせいで、右腕が限界を迎えてしまった。

 私はドシンと、無様にベッドへ叩きつけられるはずだったのだが――。


「まるで、蓑虫みてぇだな」

「ガザン……」


 ガザンは当然のように、私が宿泊する部屋へ顔を見せた。

 彼が抱き留めてくれたおかげで難を逃れたのはありがたいことではあるが、あまりにもタイミングがよすぎる。


 まさか、私の練習風景を隠れて見守っていたんじゃ……?


「なんだよ、その顔は」

「いえ……。ただ、タイミングよく現れたので、驚いてしまって……」

「あんたの騎士は、フェドクスだけじゃねぇってことだ」


 あらぬ疑いをかけたところ、あっさりと否定されてしまった。

 ガザンは不敵な笑みを浮かべ、シュミューズ姿の私を上から下まで確認したあと、ある提案をしてくる。


「着替え、手伝ってやるよ」

「いえ……。問題、ありません」

「そんなに警戒すんなって。その気があるなら、昨日の時点でとっくに手を出してるっての」


 彼が呆れたように肩を竦める姿を目にして、一理あると納得する。


 シュミューズに覆い隠された貧相な身体を異性に見せるのは、胸のレントゲンを取るために下着姿1枚になるようなものだ。


 普段はフェドクスに、お願いしているけれど――。

 ここで彼の好意を断るのは、忍びない。


 ガザンは女性の扱いにも手慣れているし、サキュバスの一件で随分と心を許してもらえるようにもなった。


 きっと、問題ないだろう。


「お願い、できますか」

「任せとけ」


 私は着せ替え人形になる決意を固め、心を無にした。


 ――この世界に転生してからは、誰かに着替えさせてもらうのが当たり前だった。


 前世の記憶を持つ私は、自分のことは自分でするべきだと思っていたから、幼い頃はそのギャップに戸惑っていたけれど――。

 手足を動かさずに済むと思えば、気楽なものだ。


 ガザンは丁寧な手つきでボタンを外し、夜着を脱がせた。

 何度か手が止まったのは、全身に刻み込まれた古傷を目にしたからだろう。


 鞭で叩かれ、炎で爛れた、見るも無惨なおぞましい傷口の数々。

 それを目にしては、悔しそうに息を呑む。


 ――その反応は、私を大切に思ってくれる幼馴染と瓜二つだった。


「気にする必要は、ありません。すべて、本の中の出来事ですから」


 同情が、恋愛感情に変わることだけはあってはならない。

 彼らはそう遠くない未来に、じこファンのヒロインと恋愛関係に発展する予定なのだから。


「あんたも見かけによらず、苦労してんだな」


 必要以上に気にしなくていいと遠回しに告げたところ、耳元でアドバイスを受ける。


「限界を迎える前に、助けを求めろよ」


 ――わかっている癖に。

 どれほど優しい言葉をかけられたって、簡単には弱音など吐き出せないと。


 私とよく似ている彼が、たとえこのような助言をしたところで無意味だと理解していたとしても――。


 こうしてこちらを気にかけてくるのは、そうしないと虫の居所が悪いからなのだろう。


「ありがとう、ございます」

「おう」


 ガザンは何事もなかったかのように、真新しい服へ着せ替えてくれた。

 今のところ、彼がこちらへ襲いかかる様子はない。


 ――もう、身構えていなくても平気かな……。


 私はゆっくりと目を閉じたあと、気持ちを切り替え――。


「貴様……!」


 ガザンが侵入していることを知らぬフェドクスが室内に姿を見せ、地を這うような怒声を聞いた瞬間、大きく瞳を見開いた。


 幼馴染は私の着ている服が変わっていることに気づき、どうやら大人の関係に進展してしまったのではないかと勘違いしたようだ。

 憤慨を隠しきれぬ様子で、ガザンを睨みつけた。


「俺のエミリエに、手を出したのか!?」

「聖女の寝込みを襲うほど、クズじゃねぇよ」

「貴様の主張を、信じられるとでも……!?」

「フェドクス。やめて」

「だが……!」


 私の静止を受けた以上、彼に襲いかかってはいけないと言う考えられる理性くらいは、残っているようだ。


 ――ちゃんと、伝えなきゃ。


 私は幼馴染を安心させるため、これまでの経緯を淡々と説明した。


「左腕が不自由になった私を哀れに思って、着替えを手伝ってくれただけなの」

「……っ!」

「心配ないよ。彼は私たちの秘密を、言い触らしたりしない」


 神殿が無能聖女に無体を働いたと言う事実は、何がなんでも秘匿せねばならない公然の秘密だ。

 いくら自分たちが所属する組織を恨んでいたとしても、彼らが不利になるような行いを働けば、しっぺ返しを食らう羽目になると言う知識くらいは持っている。


 私はてっきり、身の安全を案じて青褪めたとばかり思っていたのだが――。

 どうやら、違ったようだ。


「こいつは……っ。エミリエの、肌を……!」


 フェドクスはガザンを指差し、プルプルと小刻みに震えてしまった。

 どうやら、怒りでどうにかなってしまいそうな状態らしい。


「くく……っ。はは……っ! この程度で、嫉妬するとか……!」


 そんな幼馴染の姿を目にして、大笑いしないでほしいんだけどな……。


 私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、ガザンの代わりにフェドクスへ謝罪した。


「いつもフェドクスにばっかり負担をかけて、ごめんね」

「身の回りの世話をするのも、仕事のうちだ」


 幼馴染は真顔で断言するが、本来こうした役割は侍女が行うべきだ。


 しかし、神殿で最下層の扱いを受ける自分は、この身1つで戦場送りにされてしまった。

 その結果、かわいそうに思った彼が甲斐甲斐しく面倒を見てくれたというのが事の顛末だった。


 いつまでも、このままでいるわけにはいかない。


 そう悟ったガザンは、当然のように手を上げた。


「あんただって、四六時中こいつと一緒にいるわけにはいかねぇだろ。オレがついててやっから。剣の稽古でも、なんでも……」

「必要ない」

「フェドクス……」

「エミリエは、俺だけものだ。誰にも、渡さない……!」


 だが……。

 執着心の強いフェドクスにとって、その提案は狂気を目覚めさせる地雷発言でしかない。

 幼馴染はガザンから私を奪い、そのまま抱き上げて距離を取った。

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