精神面は瓜二つ(ガザン)
『エミリエと申します』
――初めて彼女を目にした時から、ずっと、目障りで仕方なかった。
ガラス玉のような、感情が読み取りづらい空虚な水色の瞳。
俺の瞳とよく似ているけれど、少し違う銀の長い髪。
口元は綻んでいるのに、目の奥は笑っていない。
すべてを諦めた表情。
それは、幼少期のオレとそっくりだったからだ。
――無能聖女、エミリエ。
そんな汚名で、長い間呼ばれて過ごして来たのだ。
心が壊れてしまうのも、無理はないだろう。
――忌々しい。
何もかもが、瓜二つだ。
『魔女に魅入られた、辺境伯の息子……』
『しっ。こっちを見ているわ! 目を合わせたら、呪われてしまうじゃない!』
『なんであんな女と、結婚したのかしら? せめて、婚外子ならよかったのに……』
どれほど心ない言葉を投げかけられたとしても、なんてことのないフリをして受け流す。
それしか、方法がなかったから――。
『魔法、習わないのかい?』
ルドルフには、魔法の才能がある。
陛下はオレがこいつと切磋琢磨する道を望んでいたようだが、あえて違う道を選択肢した。
――魔女と呼ばれた母親を引き合いに出されちゃ、堪んねぇ。
父親と同じくらい、立派な男になる。
オレはそれを目標にして、世界一の狙撃手になると決めた。
――狙いを定めて引き金を引くのが、好きだ。
急所に当たりさえすれば、敵は面白いくらいになすすべもなく倒れ伏す。
もっと、もっと、もっと、もっと――。
オレはあっという間に、射撃の魅力に取り憑かれ――。
そうして、引き金を引くことでしか敵を倒せなくなってしまった。
『第二王子の側近が、こんなに取っ組み合いが弱いなんて知られるわけにはいかないなぁ』
『てめぇはなんでこんなに、強いんだよ……!』
『そりゃ、ゴリラの兄上に毎回投げ飛ばされるのが嫌だからに決まっているじゃないか』
接近戦に慣れるべく、何度もルドルフと手合わせを続けたが、どうにも自らの手足で殴る蹴るの技を繰り出すのは性に合わなかった。
いつも笑顔を浮かべるあいつに負け続けた結果、オレはあっさりと近距離戦をしてることにした。
それを大人になってから後悔する羽目になるなど、思わずに――。
*
「エミリエは、ガザンが思っているような子じゃないんだよ」
初対面の時から気に食わないと言っていたはずなのに、左目の怪我を肩代わりされたあいつは、無能を擁護する発言ばかりをするようになった。
「最近、エミリエが小動物みたいに思えて仕方ないんだ。檻に閉じ込めて飼い殺しにするのも、悪くないと思わないかい?」
ルドルフは、口を開けばエミリエの話しかしない。
あの子がほしい、エミリエがかわいすぎる。
ガザンもすぐに魅了されるはず――。
もう、止めてくれ。
うんざりなんだよ。
オレの前で、あいつの話をすんじゃねぇ。
親友にすら本音を言えない状態に陥った結果、取り返しのつかない出来事が起きた。
「ガザン……!」
魔獣の強襲の際、オレは命を守る代わりに、銃を握る手を傷つけてしまった。
自分から、射撃を取ったら、何も残らない。
だから利き腕だけは、絶対に死守するべきだった。
なのに――。
「完全に、銃を握れないわけではないですが――」
――医者による残酷な宣告を受けたオレは、絶望した。
そんなわけがないと何度引き金を引いたところで、百発百中の辺境伯などというふざけた2つ名すらも見る影もない。
「くそ……っ!」
どんなに狙いを定めても、あらぬ方向へ飛んでいく弾丸。
苛立ちばかりが募り、それを解消したい一心で酒を煽る。
だが、酔いが覚めるとこの上ない絶望感に晒された。
もう、何も考えたくない――。
こうしてオレは自暴自棄になり、魔物に魅入られてしまった。
「かわいそうですわね……。安心なさい。何もかも忘れて、わたくしに身を委ねるんですの。そうすれば、あなたは一生幸せに暮らせますわ」
――オレの幸せって、なんだ?
そんなの、考えるまでもない。
ルドルフが国王として、この国に君臨すること。
そして――。
俺とそっくりなあの子の行く末を、そばで見守ることだ。
気色悪いババァに、いつまで経ってもいいように操られている場合じゃねぇ!
どうせ、駄目になりかけた左腕だ。
中途半端に残しておくよりは、いっそのこと己の手でぶっ壊しちまったほうがいいに決まっている。
オレはこうして、魔物の魔法を解くために左腕の骨を折り続け――。
そうして、クソ女の支配下から抜け
た。
もしも魔王討伐ができたとしても、利き腕を失ったオレを目にした領民達は失望するだろう。
たとえ、それでも構わなかった。
オレが不在の間、辺境伯は弟に任せてある。
これからも、あいつに責任を押しつければいいだけだ。
命さえ繋がっていれば、いつかは幸せになれる。
そう、信じていたから。
だからこそ――。
彼女がオレの傷を肩代わりした時、身体の奥底から言いようのない怒りが湧き上がった。
それと同時に、ルドルフの一件を間近で見ていたからこそ、もしかしたら助けてもらえるかもしれないと甘えた考えを持っていた自分を恥じる。
仲間外れにだけは、なりたくなかった。
ルドルフと似たような境遇であれば、オレがあいつに捨てられることはない――。
そんな幼稚な考えで、聖女に一生消えない傷を刻み込んでしまったのだ。
許されることではない。
だからどうか、オレを許さないでほしい。
彼女を大切に思う彼らが自分に憎悪を向けてくる時、ゾクゾクした。
――ああ。楽しくなってきた。
いけ好かない聖女を傷つけたおかげで、やっとオレはあいつの特別になれたのだ。
どれほどみっともない姿を晒したとしても、構わない。
一生、しがみついてやる。
「今のはちょっと、やりすぎじゃない?」
「オレはあいつの邪魔をしてんじゃなくて、背中を押してやったんだよ」
エミリエを押し倒すオレを突き飛ばした際のフェドクスは、何度思い出しても笑える。
視線だけで射殺されるんじゃないかと錯覚するほどに憎悪を抱くなど、簡単なことではない。
「一番近くで愛を注いでいたのに、いつの間にか仲間外れにされる恐怖――あいつにも、味わわせてやりてぇんだよなぁ」
「相変わらず、性格が悪いね」
「あんたに言われたくねぇよ」
純粋な性格の悪さだけで言えば、オレよりもこいつのほうが数倍は上だ自分のことを棚に上げて避難してくる親友に苛立ちを隠せずに笑い飛ばしたところ、ルドルフが隣に腰を下ろす。
「二度あることは、三度あるっていうよね」
「あいつ、実は未来が見えるんじゃねぇか?」
「その可能性は、僕も考えたよ」
「で? あんたの結論は?」
あいつはオレの質問に、答えを返さなかった。
つまりは、そういうことだ。
オレたちが無能聖女なんて、馬鹿にしていい存在じゃなかった。
彼女は、オレたちの救世主であり――勝利の女神だ。
何があっても、守らなくてはならない。
「オレたちはあいつに、生涯謝り倒しても許されねぇことをした」
「罪を償う気に、なったのかい?」
「ああ。目が覚めた」
「それはよかったよ」
もう二度と、悪口なんか言わねぇ。
オレたちは力を合わせて魔王を討伐し――。
あいつに一生涯をかけて、恩を返していく。
「これからもよろしく頼むぜ、親友!」
「ああ。もちろん」
そう決心すると、オレたちは拳をコツンとぶつけ、数か月ぶりに笑い合った。




