左腕が使えなくなったあと
ガザンは私を宿屋の一室に運び込むと、鍵をかけた。
恐らく、誰にも邪魔をされずに2人きりで落ち着いて話がしたいという、意思の現れだろう。
――数分くらいなら、ルドルフとフェドクスは何も言わないはずだ。
大声を上げれば、木製の扉は外側から勢いよく破壊される。
きっと、大丈夫だ。
私はそう信じて、何事もなかったかのように彼の腕の中に抱かれていた。
「随分と、落ち着いてんだな。男と2人きりだってのに……」
どうやら彼は、そんなこちらの反応が気に食わなかったようだ。
これまでの威嚇が嘘のように、不思議で仕方ないと言わんばかりの表情で問いかけてくる。
「オレの噂、知らねぇの?」
「いえ。存じております。確か、スケコマシでしたよね」
「なんだ、それ?」
逆に問いかけられ、そう言えばここは日本じゃなかったと思い出す。
どう言えば伝わるだろうかと悩んだ末、失礼にならない程度の説明を行う。
「ああ……。女性にだらしない男性の、総称です」
「おう。オレは目の前に女がいたら、襲わなきゃ気がすまねぇ太刀でな……」
どうやら、今度は伝わったようだ。
それに安堵してほっと一息ついた直後、驚くべきことが起きる。
私をベッドに横たえた彼は、当然のようにそのうえへ覆い被さってきたのだ。
――冗談にしては、あまりにも度が過ぎている。
さすがにここは一言ガツンと言ってやったほうがいいのではないかと考え、眉を顰めながら苦言を呈する。
「私はあなたにとって、吐き気を催すほどの汚物です。一夜をともにしたいなど、思うはずがないのでは?」
「そりゃ、過去の話だ。オレの傷を肩代わりしたあんたを――今まで通り嫌悪するなんざ、出来っこねぇ」
だが、どうやらこちらの反応は彼のお気に召さなかったらしい。
グレーの瞳を悲しげに潤ませ、自虐的な笑みを浮かべたガザンは、本音を吐露し始めた。
「ルドルフと同じ立場になって、よくわかった。目の前で一生治らない痛みをか弱い小娘に肩代わりされるってのは、精神的にかなりクる」
「淑女と一夜をともにするよりも、ですか」
「そっちの意味をお望みなら、今すぐにでも天国へ連れて行ってやるぜ?」
「遠慮しておきます。私は一応、聖女ですから」
攻略対象たちからこんなふうに誘いを受けるなんて、転生したのが私以外のプレイヤーでなければ大喜びしていたところだろう。
しかし、フェドクスの異常なまでの執着愛を認識している手前、軽々しく深い関係を結ぶ気にはなれなかった。
あとで強烈なしっぺ返しを食らって、後悔する羽目にだけは、なりたくないから……。
「あんたは聖女として敬われた経験なんざ、ほとんどねぇだろ」
「そうですね」
「なんで、健康を犠牲にしてまでしがみついてんだ」
「皆さんが、五体満足の状態で英雄と称賛されるようになるためには、最善の策がこれしかなかったと言えば――理解して頂けますか」
――彼が大人の関係を無理強いしてくるほど性根が腐っていなくて、本当によかった。
そうほっと息をつく暇もなく、不穏な会話は続く。
「無理に決まってんだろ」
ガザンは当然のように断言すると、これまでの行動原理を説明し始めた。
「あのな。オレ達は魔王討伐なんて命じられた時点で、王家から見放されたんだよ。どいつもこいつも、無事に魔王を倒して戻って来るなんざ思っちゃいねぇ。オレ達の帰る場所なんざ、どこにもねぇんだ」
「だから、肉欲に溺れたのですか」
「ああ。そうだよ。どうせ死ぬんだ。楽しまなきゃ、損だろ?」
この返答は、じこファンのガザンルートでも目にした覚えがある。
ヒロインに、「エミリエと旅をしていた際、酷い行動の一例」としてこの話をしていた。
「まさか、魔物にいっぱい食わされるなんざ思ってもみなかったぜ。オレもまだまだ、修行が足りねぇな……」
自虐的な笑みを浮かべて語るガザンに、ヒロインは「そんなことないよ」と勇気づけていたような気がする。
本来ならば、彼女と同じように優しい言葉をかけてやるべきなのだろう。
――でも、なぁ……。
今の状態で女遊びをあと押しして、これまで以上に派手な行動をし始められては堪らない。
私はあえて、苦言を呈した。
「行く先々で女性を口説くのは、止めたほうがよろしいかと」
「そうだな。今回の一件で、懲りたぜ。一生分遊んだし、悔いはねぇ」
すると彼は、意外にもこちらの進言を受け入れてくれた。
どうやら、不特定多数の女性たちに言い寄って情報収拾をするのは、止めてくれるらしい。
――これでひとまず、安心かな……。
原作通りに物事が進んでいくことに安堵していると、彼はなんとも言えない表情を浮かべて声を発した。
「自分で、言うことじゃねぇだろうが……。オレは、相当なクズだ」
「そうですね」
「自分の腕を犠牲にしてまで、助ける価値なんざねぇだろうが……」
ルドルフは、左目を魔獣に傷つけられた。
不慮の事故だったから、仕方ない。
そうして気持ちの整理をつけられるがガザンの場合は違う。
彼は、自らの意思で左腕を駄目にしたのだ。
自業自得だったのだから、あのまま放っておいてよかったのにとでも言いたげだった。
「案外、自己肯定感が低いのですね」
「悪いかよ」
「いえ。私も、フェドクスによく言われます。もっと、自分を大事にしなさいと……」
その姿は、まるで幼い頃の自分を見ているようだ。
たくさんの人から、口にするのも憚られるような罵倒を浴びせられた。
それは育ての親だけではなく、肉親からも同様だった。
一時期は、「このまま死んだほうがマシではないか」と考えて、どうにかなりそうな時もあったくらいだ。
こうした思考に苛まれると、「自分が生きていてもいい理由」を見つけるのは他人の力が必要になる。
「オレがあんたを嫌っていた理由、聞くか?」
「お話して、くださるのなら……」
「同族嫌悪」
どんなに嫌われても、黙って耐えた理由は、ガザンが口にした一言に尽きる。
「あんたの言う通りだ。オレ達は、そっくりなんだよ。いつだって本音を隠し、周りにとって都合のいい人間を演じてる」
私たちはまるで、鏡に写したかのように考え方がそっくりなのだ。
「あんたはどんなに心ない言葉をぶつけられたとしても、顔色を崩さない聖女。そしてオレは――女好きで軽薄な、第二王子の御学友」
彼の幼少期までは、自分と酷似しているとまでは言えないが――。
たった1人だけ心を許せる友人がいるところまで、そっくりだった。
違うのは、性別くらいなものだ。
「あんたはどんなに心ない言葉をぶつけても、気丈に振る舞い続けた。それが不愉快で仕方なかった。あんたが泣いてくれたら――オレだって、弱音を吐き出せたのに。いつも真逆の反応をしやがって……」
どうやら、ルドルフが悪口を言わなくなっても意気地になり続けていたのは、私のせいであったらしい。
――嘘でもいいから傷ついたふりをしていれば、もっと早くに本音を吐露できたと言われても、こちらにはそれができない事情がある。
そんな態度を見せれば、私に過保護なフェドクスは間違いなく激怒する。
魔王討伐の旅どころではなくなり、身内同士で争う羽目になるなら、これまで通りの反応を取っていたほうがいいに決まっている。
――この話はこれ以上、続けるべきじゃないかも……。
そう考えた私は、彼に質問をした。




