サキュバス討伐作戦(2)
「男性を虜にするあなたの美貌が、羨ましくて……。もっと、近くで見てみたくなったのです」
「まぁ! このわたくしを褒めるなんて! 小娘にしては、悪くありませんわね? わたくしの、弟子にして差し上げてもよくってよ?」
「ありがたき、幸せに存じます」
私はサキュバスに差し出された手を取り、恭しく頭を垂れる。
こちらの危機を悟ったガザンは、幼馴染に怒声を浴びせた。
「フェドクス! さっさと、あのバケモンを倒せ!」
その瞬間、パチンと耳元で破裂音が聞こえてくる。
目の前にひらりひらりと落ちてくる鱗粉は、黄金蝶のものだ。
――幻惑が、破られた。
私が好き勝手に動ける時間は、ほとんどと言っていいほどに残されていない。
「今、やっている……!」
「早くしねぇと、手遅れになっちまうぞ!」
「急所を、狙え……!」
「うるせぇなあ……っ。片腕だけじゃ、うまく照準を合わせらんねぇんだよ……!」
銃の扱いに手こずっているガザンと、こちらまで行く手を阻む雑魚敵を倒すのに夢中なフェドクス、魔法を完成させるまで動けないルドルフ。
全員が身動きの取れない状態は、これが最初で最後だ。
「ご安心ください、お師匠様。これからはあなたの異能を、私が有効活用して差し上げますので……」
「な……! あなた、何をする気ですの……!?」
――サキュバスが異変を察知して手を離そうとした時には、もう遅い。
私は「窃盗」の力を使い、彼女の異能を吸い取った。
「いやあ! わ、わたくしの力が……っ。す、吸い取られて……!」
魔物が悲鳴を上げ、私から手を離す。
よろよろと後退していく姿を目にして、すぐさまこちらもバックステップを使って後ろへ退避する。
「エミリエ!」
そうこうしている間に、私の前へフェドクスが立ち塞がった。
彼は異能を奪われたショックで混乱するサキュバスに狙いを定め、的確に剣を振るってダメージを与えている。
「いやぁああ!」
長い髪を振り乱し、絶叫する姿は無様としか言いようがない。
これで、1つ目の目的は達した。
残るは――ガザンの治療だけだ。
「エミリエ! 勝手な行動をするな!」
私は静止する幼馴染の声を無視して、急ぎ足で彼の元へ向かう。
「く、来んなよ……!」
その後、逃げようとするガザンを無理やり地面に押し倒して馬乗りになると、傷口に触れた。
「何す、い……っ!」
「動かないでください。あなたの傷を、治します」
思った以上に、ガザンと距離が近い。
こちらを嫌悪している彼からしてみれば、なすすべもなくされるがままになっているこの状況は苦痛で仕方がないのだろう。
だが、どんなに罵倒されようとも目的を達成するまでは、ここから動くつもりなどなかった。
「馬鹿言ってんじゃねぇよ! 一体、なんのために俺が左腕を駄目にしたと――」
「心配いりません。サキュバスはもう、魅了魔法を使えませんから」
「てめぇ……っ!」
頭に血が上り、鬼の形相で睨みつけてきた今がチャンスだ。
私は彼の傷を肩代わりするため、再び異能を使った。
「やめろ!」
「駄目だ……!」
2度目ともなれば、こちらが何をしようとしているのかくらい容易に想像ができる。
ルドルフとフェドクスは敵に止めを刺すよりも、こちらを止めるために手を伸ばす。
しかし――。
その甲斐も虚しく、こちらの異能が発動するほうが早かった。
私の左腕が、だらりと力なく脱力する。
傷の肩代わりに成功した、瞬間だった。
「あ……あ……」
その姿を目にした殿下は「恐れていた事態が再び起きてしまった」と絶望し、フェドクスは歯を食いしばって我に返る。
そうして、全身から湧き上がる怒りをサキュバスにぶつけ始めた。
「く……っ!」
そして、左腕が治ったガザンと言えば――。
「馬鹿じゃ、ねぇの……!」
なぜか瞳から多量の涙を流し、私に向かって憎まれ口を叩いていた。
「左目の次は、左腕を肩代わりしたのかよ。あんたはどうしてこんなに、お人好しなんだ……?」
「聖女ですから」
「自分の身体を傷つけるのが使命だとか、勝手に決めつけて偉ぶってんじゃねぇよ……! てめぇのやってることは、ただの、自己満足だ……!」
まさかあれほど吠えていたガザンが、子どものような泣き顔を見せるなど思いもしない。
どさくさに紛れて私の行いを否定するあたり、考え方はまったく変わっていないようだが――。
彼に好かれようが、嫌われようが、どちらでも構わないと思っている自分にとっては、大した問題ではなかった。
「オレは絶対、あんたにお礼なんざ言わねぇからな……!」
ガザンは苛立ちを隠しきれない様子で、両手が不自由なく使えるのをいいことに、私を突き飛ばした。
こてんと背中から土の上に倒れ込んでいると、ルドルフの怒声が聞こえてくる。
「ガザン! なんてことを言うんだ! エミリエは、君のせいで左腕を一生動かせなくなったんだぞ……!?」
「ええ。構いません。これは、私が好きでやっていることですから」
――謝罪なんて、求めていなかった。
今は言い争う暇があるなら、全員がここから生きて帰れるように努力をするべきだ。
私は右手と上半身をうまく使い、もぞもぞとイモムシのようにみっともなく暴れ、どうにか立ち上がる。
そうこうしている間に、すっかり蚊帳の外に置かれていたサキュバスが歓喜の声を上げた。
「わたくしの、美丈夫……! 運命の伴侶……! あなたの左腕が元に戻ったのなら、今度こそ夫として……!」
「誰がてめぇみたいなババアと、結ばれるかよ」
「な……っ!」
「失せろ」
――パァン!
私に対する苛立ちを解消するかのように。
利き腕で武器を手にしたガザンの銃口から、弾丸が放たれた。
それは見事、サキュバスの額に命中する。
「ギャアアア!」
魔石が砕け散り、耳障りな断末魔をあげて魔物が倒れ伏す。
その後、止めとばかりに準備をしていたルドルフの魔法が炸裂する。
「お、おの、れ……。ま、おう、様……っ!」
ガザンが1人で戦いを挑んだ際に苦戦していたのが嘘のように、戦闘は終わりを告げた。
「エミリエ……!」
攻略対象たちは、示し合わせたかのように手にした武器を投げ捨て、私の元へ駆け出してきた。
――随分と、大袈裟すぎる反応だ。
私は左腕を失った以外、傷ついた箇所なんてどこにもないのに……。
「どうして、君はいつも……! 無茶ばかりするんだ!?」
「もう、見ていられない。今すぐ、神殿に帰ろう」
ルドルフは逆ギレのような形でこちらに迫り、フェドクスは私を抱きしめて旅の中止を促す。
殿下の反応はともかく、幼馴染の意見には残念ながら同意はできなかった。
いつかは神殿に戻らなければならないとしても――。
今すぐ帰路についたところで、左目と左腕が使い物にならなくなった状態では、これまで以上に酷いを扱いを受ける可能性が高かったからだ。
「何言ってんだよ。オレ達の怪我を庇って、左目と腕が使い物にならなくなったんだぜ? 魔王を討伐したパーティの一員だって勲章を引っ提げていかなきゃ、こいつの扱いは改善できないぜ?」
「黙れ」
「あんただけ、こいつに庇われてねぇもんな。いろいろ、思うところはあるんだろう。だが――」
こちらがどうやって幼馴染を宥めようか迷っていたところ、ガザンがフェドクスと険悪な雰囲気になった。
この2人が喧嘩をするのは珍しいことではないが、いつもと辺境伯の様子が違う。
――なんでだろう……?
こちらの疑問は、即座にガザンの口から解消される。
「オレも、気が変わった」
その言葉通り、グレーの瞳から憎悪が消え去ったのだ。
驚くほど透き通った視線をこちらに向けたガザンは、フェドクスとよく似た執着心のような感情を覗かせると、幼馴染から強引に私を奪い取った。
「魔王を討伐するまで、エミリエはオレ達のもんだ。誰にも渡せねぇし、傷つけさせねぇ」
私を敵視していたはずのガザンが口にした宣戦布告は、仲間たちに激震を与えるのに充分だった。
誰もが絶句をする中、まるで憑き物が落ちたかのような表情を浮かべた辺境伯が、こちらへ促す。
「とりあえず、帰ろうぜ」
こんなふうにガザンが私に笑いかけるなんて、初めてだ。
殿下は驚き、フェドクスは露骨に嫌そうな顔をし、私はなんとも言えない気持ちでいっぱいになった。
てっきり――。
殿下と同じように、取り乱すとばかり考えていたからだ。
もしかすると、殿下の前では弱みを見せたくないのかもしれない。
「そうですね」
サキュバスをすでに討伐し終えた以上、いつまでもこんなところに滞在し続ける気にもならない。
私はガザンの意見に同意し、宿屋へ戻ることにした。
「なら、僕が……」
「エミリエに触れていいのは、俺だけだ」
ここで問題になるのは、誰が自分を宿屋まで運ぶかという話だ。
ルドルフとフェドクスがバチバチと、火花を散らす。
「はぁ……。仕方ねぇなぁ……」
言い争う2人を横目に、ガザンは私を抱き上げ、目的地に向かって歩き出す。
――左腕を駄目にする前の辺境伯に抱き上げられたら、きっと恐怖に怯え、幼馴染に助けを求めていた。
だけど……。
今の彼に、敵意は感じられない。
私はこのままでいいかと考え、ガザンの胸元へ身体を預けた。




