サキュバス討伐作戦(1)
「女性型魔物は、目麗しい男性を好みます。ミイラ取りがミイラになっては、困ります」
「エミリエが一緒にいたら、問題ないのかい?」
「魔物はせっかくの獲物を奪い取るつもりなのかと激昂し、本性を表すでしょう」
ここで攻略対象だけを現場に向かわせた場合、バッドエンドが用意されていたと制作秘話で語られている。結局、作中でその設定は披露されなかったが――念には念を入れたほうがいいだろう。
「そこをみんなで協力し、叩くしかありません」
「まったく。1人だけ除け者扱いされてへそを曲げたかと思えば、僕達に手間をかけさせるなんて……。ガザンには、お仕置きが必要だね」
フェドクスは今にも「あんな男は見捨ててしまえ」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
だが、それを声には出さない。
ここで仲違いをして、余計な時間を消耗するのは得策ではないと判断したからだ。
「女性型魔物とやらには、僕の親友に危害を加えようとした報いを、直々に受けさせてやろう」
こうして私たちは、背筋が凍るような笑みを浮かべた殿下とともに宿屋を出た。
*
サキュバス――それは、男性の生気を吸って生きる魔物。
この世界では、魔王の配下。
ゲームの中では、中ボスに当たる存在だ。
ガザンは情報を引き出すために彼女へ近づき――魔物に魅了されてしまった。
3日3晩操られた彼は一瞬だけ正気を取り戻し、自ら左腕を折った。
「ぐ……っ。あ、ぁああ……!」
何回も、何回も。
サキュバスが、自分に魅力を感じなくなるまで――。
「な、なんてこと……!」
最初からクライマックスとは、まさにこうした状況のことを言うのだろう。
私たちが現場に到着した時には、すでにガザンが腕を折っている最中だった。
――あまりにも、展開が早すぎる。
どうして三日三晩苦しむはずのガザンは、たった数分で取り返しのつかない状態まで追い込まれてしまったのだろうか?
これも私が、ルドルフの傷を肩代わりしてしまったせいなの……?
「ガザン……」
固唾を呑んでその光景を見守る私たちの中で、最初に彼の名を呼んだのは殿下だった。
ルドルフは悲しそうに、視線を反らす。
恐らく、自分が左目を失った時の状況と重ね合わせて、つらくなってしまったのだろう。
額には、脂汗が滲んでいる。
「目麗しい美丈夫なところが、魅力的だと思っていましたのに! こんなにも醜い左腕を持つ殿方は、わたくしにふさわしくありませんわ!」
サキュバスが見るも無惨に破壊されたガザンの左腕を目にして、絶叫する。
彼は激痛を感じさせぬ普段通りの笑みを口元だけに浮かべ、魔物を挑発した。
「そうかい。そいつは、よかったぜ。あんたみてぇなブス、こっちから願い下げだ」
「な、なんですってぇ……!?」
確かに化粧は濃いが、口汚く罵るほど顔の作りが悪いとは言えない。
むしろ、美魔女と呼ぶに相応しき完璧なプロポーションを持っていた。
そんな彼女に面と向かって悪口を言うなんて、勇気があるなぁ……。
若干魔物に同情しながら成り行きを見守っていたところ、サキュバスの身体に変化が現れる。
彼女の臀部から、悪魔の尻尾がゆらゆらと揺れ始め――桃色の髪が逆立ち、全身が漆黒に染まったのだ。
こうして美女は、醜い魔物へと姿を変えた。
「あなた、絶対に許さなくってよ……!」
――うわぁ……。
すごい格好……。
ボディースーツのような、女性らしい身体のラインが強調された衣装を完璧に着こなしていると、同性でも感心するくらいに堂々と振る舞う魔物に目を奪われる暇はない。
私は仲間たちの目を盗んで、2つほどやるべき仕事があったからだ。
私は近くにいた幼馴染にだけ聞こえるように、声を顰めて命じる。
「助けてあげて」
「わかった」
フェドクスは私の護衛騎士だから、命令をすれば黙って言うことを聞いてくれる。
これも長年培ってきた信頼の現れだ。
それに感謝をしつつ、剣を抜いてサキュバスに向かって走り出した幼馴染の背中を見送る。
「エミリエ。僕のそばから、離れないで」
ルドルフは魔物を討伐するために必要な魔法の準備をしながら、幼馴染の変わりに私を守ろうとしてくれている。
もう二度と、あんな悲劇が起きないように――そんな決意の表れが全身から感じられる様子を見るに、もしかすると、事前にフェドクスと打ち合わせを済ませていたのかもしれない。
それがありがたいと思うと同時に、うっとおしくもある。
――聖職者から異能を奪っておいて、本当によかった。
私は黄金の蝶を呼び出し、殿下とフェドクスに幻惑魔法をかける。
こうして、彼の胸元で大人しくしていると信じ込ませた。
――これで数分間は、自由に動ける。
あとは――。
幻惑魔法にかかっていないガザンの元へ、急ぐだけ。
「何しにきた! 無能! 危ねぇから、すっ込んでろ!」
彼は駄目になった腕の痛みを堪えながら、青白い顔で武器を手にしていた。
いつもよりも怒鳴り声に、迫力がない。
利き腕ではないせいか、射撃の腕も随分と落ちているように見える。
どれほど仲間たちのサポートを受けたところで、長期戦意識を繋ぎ止めて戦い続けるのは明らかに無理があった。
――彼の腕を先に治すか、魔物から能力を奪うのが先か――。
どちらにするかなど、迷っている暇は今の自分にない。
私はあえて、真正面からサキュバスの元へ歩み出た。
「貧相な身体のお嬢様が、一体なんの用ですの? ここはあなたのようなお子様が、姿を見せる場所ではなくてよ?」
サキュバスは相当、肉体美に自信があるらしい。
豊満な胸元を強調するかのように、ふんぞり返った。
――私は完全に、下に見られている。
彼女からしてみれば、その辺を必死に歩いている蟻でしかないのは明らかだった。
「おい! 何やってんだ!」
ガザンの怒声が聞こえるが、歩みを止めるつもりはない。
この時ほど、紅一点のくせに絶世の美女と呼ばれるほどの容姿持っているわけではなく、自身の平々凡々な姿で生まれ直したことを、神に感謝したことはない。
私が完璧なプロポーションを持っていれば、嫉妬心から恨みを買い、あっという間に襲いかかられていただろうが――。
『小娘なんて、いつでも殺せますもの。恐れるに足りませんわ』
こんなふうに相手が慢心している隙があれば、いくらでもやりようはあると言うものだ。




