【1-2】2人目・左手が使えなくなるまで
「おい、無能。いつまでルドルフと、肩を並べているつもりだよ。平民の癖に……」
――最近、ガザンに対する私の当たりが恐ろしく強い。
狙撃手として有名な彼はつねにライフル銃を背中に背負っているため、いつ自分に銃口が向けられるのかとヒヤヒヤしてしまう。
「ガザン。止めるんだ」
左目を失う前までは、一緒になって私に辛辣な言葉をぶつけてばかりいた殿下が味方になってくれたのは、ありがたいことではあるけど……。
ガザンは、やっぱりそれが気に食わないみたい。
自分だけ悪者にされているのが許せなくて、苛立ちを隠せぬ様子で声を荒らげた。
「なんで、そいつの味方ばっかりすんだよ!」
「何度も伝えただろう。エミリエは、僕を救ってくれた。恩人なんだ。だから、ガザンも……」
「オレは絶対、てめぇと仲良くなんざならねぇ!」
ガザンは苛立ちを解消するため、1人で街に繰り出してしまった。
殿下が申し訳なさそうに、去りゆく親友の背中をじっと見つめて言葉を発する。
「ごめんね。エミリエ……。悪い奴じゃ、ないんだけど……。気性が荒くて……」
「いえ……。殿下が謝ることでは……」
普段はテントに籠もりきりの彼が比較的大きな街についた途端、単独行動を始めたのであれば、心配する必要はない。
趣味の女性漁りに出かけたと考えるべきだ。
――ガザンの得意分野は、銃の扱いだけではない。
実は、ハニートラップを駆使して必要な情報を集める情報通なのだ。
本来、不特定多数の淑女と一夜をともにして必要な情報を引き出すなんて、辺境伯がやるようなことではない。
前世の記憶を持っている私からしてみれば、どこかで病気を拾ってきたり、修羅場に巻き込まれてしまったりするのではないかといろいろな意味で、心配ではあるが――。
こちらはじこファンをプレイしたからこそ、本来ならば知り得ない秘密を認識している身だ。
それが彼のストレス解消法なのだと把握しており、ガザンと仲のいいルドルフまで黙認している以上、外野が口を挟むべきだとは到底思えなかった。
ガザンが自分の身体を使って情報をかき集めてくれているからこそ、着実に魔王の住処への道のりを迷わずに進めているのだから……。
「ガザンは、拗ねているだけなんだ。僕が突然、君を愛するようになったから……」
「幼稚だな」
殿下は「どんなに辛辣な態度で接されてもどうか耐えてほしい」と言わんばかりの主張をしたが、フェドクスはそれを許せなかったようだ。
殿下に向かって、不満を露わにした。
「精神的に、未熟すぎる」
「フェドクス……」
「いや、いいんだ。僕も、あいつも。そう言われても仕方ないことを、山程しているんだから」
さすがに言いすぎだと止めようとしたところ、ルドルフから待ったがかかる。
――王族が平民に何度も謝罪をするなんて、本来ならばありえない光景だ。
殿下が反省している気持ちは、充分すぎるくらいに伝わった。
これ以上責任を感じずに済むよう、私は彼を褒めた。
「こうして過去の行いを反省できている時点で、殿下はとても素晴らしいお方です」
「エミリエ……」
ルドルフは感動したようで、オッドアイの瞳を潤ませる。
そんな第二王子の姿に「反吐が出る」とでも言いたげな幼馴染の表情を視界に捉えつつ、引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。
「ガザンもいつか、わかってくれると思う。君の素晴らしさを。僕達のパーティに欠かせない存在だって。これからも、説得を続けるよ!」
殿下は満面の笑みを浮かべて、これからどうやってガザンを納得させようかと策を練っている。
「これからはフェドクスと協力して、エミリエのいいところを耳元で囁くことから始めようと思うんだ!」
「馬鹿なのか……?」
フェドクスが冷静なツッコミをしながら困惑しているのはかわいそうではあるが、ルドルフがまったくその苦言を気にした様子もなく楽しんでいるようで、何よりだ。
本当はそんなことをしなくたって大丈夫だって、伝えたい。
でも――。
ガザンが左腕を失うなんて話をした結果、未来が変わってしまっては困るから。
私は私の、できることをしよう。
そう決心し、トラブルが起きる前に次はどんな異能を悪者から奪い取ろうかと考えを巡らせ――とても大事なことに気づいた。
「ガザンは、男性を拐かす女性型魔物の調査をしていらっしゃるんですよね」
「どうして、それを……」
サンチュアーサキュバス事件。
それが、ガザンの左腕を失う結果となった出来事だ。
実際に問題が起きるのは3日後――まだ猶予はあると、呑気に構えていたのが仇となった。
「エミリエ? 顔が、真っ青だよ。それに、身体の震えも……」
――彼らに説明している時間はない。
ガザンは先ほど、この宿屋を出て行ったばかりだ。
急いで追いかければ、間に合うかもしれない――!
私はこちらを心配して覗き込もうとしてくる殿下から距離を取り、後方へくるりと回転する。
その後、無言でこの場から走り出そうとし――あっさりとフェドクスに捕まった。
「離して!」
「単独行動は、許さない」
「そうだよ。ガザンは諜報活動に長けている。きっと、すぐに帰って来るさ」
「駄目なんです……! このまま、放置していたら……!」
私はバタバタと両手足を動かし、暴れる。
しかし、鍛え抜かれた身体はびくともしない。
――もう! 普段は頼りになるけど、こういう時は面倒なんだから……!
サキュバスは心の隙間に取り憑き、男性の生命力を奪うのだ。
私が殿下と仲良くなったせいで、ガザンは精神的に参っている。
そんな状態で魔物に操られたら――支配下から抜け出すために投げ捨てる犠牲は、左腕一本だけでは足りない!
「そんなに、危険なのか?」
「命に関わります」
「なんだって? あいつがそんなヘマ、するわけが――」
「私たちが相手にしている魔族は、強大な力を秘めています。たった一度の慢心が、命取りになる。それは殿下も、身を持ってご存知なのでは?」
殿下はガザンに絶対的な信頼を寄せていたが、自分が左目を負傷した際のことを引き合いに出され、表情を固くする。
「確かに。君の言う通りだ。捜索隊を編成しよう」
「いいえ。その必要はありません」
こちらの指摘を素直に受け入れ、外部に協力を依頼する準備を進めたが、そんなことはしなくたっていいのだ。
私には、原作の知識がある。
そのため、事件が起こる場所は簡単に想像がついた。
「ガザンの居場所は、目星がついています」
「どこだ」
「女性型魔物の根城――魅惑の館」
私がガザンの居場所を口にした瞬間、2人は露骨に嫌そうな顔をする。
そこは、前世で言うところのキャバクラのような場所だった。
金銭を支払い、女性とお話を楽しむサロン。
殿下の場合は高貴なる生まれだから、わざわざそんなところへ足を運ぶ必要はない。
そしてフェドクスは聖騎士として、普段は俗世から隔離されていた。
生まれ育ったハルル村は小さな限界集落で、娯楽施設など近くにある森くらいしかない場所だった。
どう言う場所かすらも知らず、名前の響きだけで嫌悪感を表した可能性が高かった。
「エミリエはまだ、成人していないよね? あんな場所へ、足を踏み入れるべきじゃない」
「お2人だけで、ガザンの救助へ向かうおつもりですか」
「俺はエミリエの護衛だ。こいつと一緒にはいかない」
「僕は第二王子だよ? 単独行動なんてしないさ」
2人は声を揃えて、真逆の発言をした。
フェドクスは私と一緒に行きたい、ルドルフは最低でも私たちのどちらかと行動をともにするつもりでいるらしい。
ともなれば、3人で乗り込むのが一番なのだが――。
説得方法を間違えたら、断固として拒否されてしまう。
伝え方をよく、考えなきゃ。
私は呼吸を整え、話を切り出した。




