たとえ、愛を囁く資格がないとしても(ルドルフ)
「魔王討伐隊は、聖女エミリエを加えた4名編成とする」
神殿で無能聖女として有名なエミリエがパーティに名を連ねると知った時、僕は絶望に苛まれた。
父上が魔王討伐を望んでいれば、回復役には最上級の治癒魔法が使える少女を派遣するはずだ。
それをしなかったのであれば、死んでも構わないと言うことだろう。
彼女が旅の中で、不慮の事故に見舞われればいい。
それが無理なら、自ら命を立つように仕向けよう。
そうすれば、きっと父上は代わりの聖女を派遣してくれる。
聖なる力を発揮できない無能ではなく、治癒魔法を使える素晴らしい聖女を――。
「協力、してくれるよね?」
「当たり前だろ? オレたち、親友じゃねぇか」
死にたくない一身で、ガザンと協力して彼女にわざと心ない言葉をぶつけた。
罪悪感など、欠片も持ち合わせていなかった。
「いつまで、同行するつもり?」
「さっさと、くたばっちまえ」
だって、僕は第二王子だったから。
文句を言える人間は、父上と兄上だけだと本気で信じていた。
「え……?」
それが間違いだと気づいたのは、取り返しのつかない事件が起きてからだった。
「ど、どうして……!」
未来視の使える左目を魔物に抉られた僕は、あれほど小馬鹿にしていた彼女と同じ、無能になるはずだった。
しかし――。
そうはならなかった。
なぜならば、彼女が僕の傷を肩代わりして、片目の視力を失ったからだ。
あの子は僕から傷を奪い取ったせいで瞳から血を流し、なんて事のないような表情を浮かべた。
それがどれほど異常なことなのかすらも、彼女はよく理解していないようだった。
――狂っている。
そう思うと同時に、聖女と呼ばれる女性の身体に一生消えない傷を追わせてしまったという絶望感に苛まれた。
どれほど後悔したところで、彼女の左目が見えるようになどならない。
僕のせいで、僕さえいなければ、あの子の左目はまだ見えていたかもしれないのに――。
「大嫌いな女性に庇われた僕を、嘲笑いに来たのか?」
僕を心配してくれるような人間は、ガザンしかいない。
だからこそ自虐的な言葉を発したのだが、どうやらこの場に姿を見せた男性は親友ではなかったらしい。
「あいつが、心配している」
フェドクスの声を聞いて、慌てて顔を手で覆った。
――先程までの表情は、第二王子が見せていいようなものではないと、自覚していたからだ。
「まさか、君から心配してもらう日がくるなんて、思ってもみなかったよ」
不審がられぬように、自虐的な笑みを浮かべる。
演技は僕の、得意分野だ。
このくらいは、朝飯前だった。
「一体、どういう風の吹き回しだい?」
フェドクスはこちらの問いかけには、答えなかった。
先程、理由は説明したとでも言いたげだ。
――この人は、本当にブレないなぁ。
初めて顔を合わせた時から、紫色の瞳の奥底に、憎悪のような感情を僕たちに向ける男性。
それがなぜなのかは、旅を続ける前から明らかだった。
『エミリエと一緒じゃなければ、行かない』
彼は僕たちに、エミリエを取られるのが嫌なのだ。
彼女を傷つけるような言葉をぶつけてくるのも気に食わない。
本当は排除したいが、幼馴染が悲しむことはしたくない。
だから渋々、大人しくしているのが見え見えだった。
「君は彼女に命じられたら、なんでもするんだね」
「俺にも、従えないことはある」
「へぇ? 例えば、どんな?」
「傷を肩代わりされた程度で、エミリエに対する嫌悪を好意に変化させた貴様を慰めるなど……。俺には、無理だ」
フェドクスは腰元の剣を引き抜き、僕の首筋へと切っ先を突きつけてきた。
――ここが王宮であれば、今頃彼は王立騎士団によって拘束されているだろう。
フェドクスは、僕たちの中で一番身分が低い。
本来ならば、こうして面と向かって話し合えるような人間ではなかった。
「からかっているだけなら、今すぐに止めろ。不快だ」
「嫌だなぁ。僕は、本気でエミリエが好きになってしまったんだ。君だって、わかるだろう? 愛している子ほど、いじめたくなる。そんな男性の気持ちが……」
ここで「立場を弁えろ」と怒鳴りつけなかったのは、そんなことをしたところで無意味だとわかっていたからだ。
――こんなことになると事前に未来視で把握できていれば、彼女を精神的に追い詰めようなんて思わなかったのにな……。
いい大人が、なんてザマだ。
今更反省したところで無意味だと知っていても、意気消沈するのを止められなかった。
「気味が悪い……」
フェドクスが汚物を見るような目でこちらを見つめてくる気持ちも、理解できる。
彼にとっていわば、僕たちは恋のライバルだ。
これまで大切に箱の中にしまっておいた最愛の少女を傷つけた男に取られてしまうと焦る気持ちは、よくわかる。
「君は、理性的な獣なんだね」
――僕が彼の立場だったら、間違いなく寸止めなんかでは済ませない。
このまま首をふっ飛ばしていただろう。
「そう見えるなら、貴様の目は節穴だ」
「あはは……っ! 君、面白いことを言うね! なんだか、落ち込んでる自分が馬鹿みたいに思えてきたよ」
エミリエがフェドクスを寄越してきたのは、無口な彼ならば僕の弱音を黙って受け止めてくれるはずだと確信していたからだ。
しかし、彼は聖女が思っているほど他者に優しくない。
ここで彼女の望み通りに胸の奥底に留めている言葉にはしづらい気持ちを伝えようものなら、それを話のネタに脅されるに違いない。
――本当は、誰かにすべてをぶちまけたかった。
大嫌いな聖女に傷を肩代わりされる苦しみ。
自分のせいで、一生彼女に消えない傷を植えつけてしまった後悔。
戻らない過去。
愛憎が入り混じり、おかしくなってしまいそうなほどに増幅した気持ち――。
だが、それらをすべて吐露したところで、現実は変化しない。
だったら、過ぎ去った日々を悔やむよりは未来を見据えた行動をしたいと思った。
「僕が彼女に愛を囁く資格がないってことは、自覚しているよ。だから、君を押し退けてまでは好意は伝えない」
「当然だ」
僕は心の底から反省し、これまで彼女を傷つけてきたことを謝罪した。
「今まで、ごめんね。もう、彼女を傷つけるような言葉は、口にしないから……」
彼女は、無能なんかじゃない。
僕を救ってくれた、真の聖女だ。
「それはエミリエに、直接伝えてくれ」
フェドクスは用事は済んだとばかりに忌々しげな声を発すると、聖女の元へ戻って行った。
これまで僕は、ずっと癒やしの力を使える聖女が旅に同行してくれたらよかったのにと悔やんでいた。
だけど――。
今は、そうは思わない。
彼女が参加してくれて、本当によかった。
そう、心から思えたんだ。
ガザンもいつか、自分と同じ気持ちを抱いてくれるはず――。
「なんでルドルフまで、あいつの味方をすんだよ……」
物事を軽んじていた僕は、気づいていなかった。
大親友にも彼女を好きになってもらいたいと考え、聖女のよさを伝えるほど、ガザンの心がどす黒く染まっていくことになると……。




