ヒロイン激怒
「誰が!? なんのために!? わたしの妹から、視力を奪ったの!?」
「姫様~。妹君が、怯えてますよぉ~」
「誰でもいいから、早く答えて!」
お姉様はこちらを気にする余裕すらもない様子で激怒している。
そんな彼女に説明をする気になれる人物は、限られていた。
ルドルフは深い溜息を溢したあと、身体が不自由になった理由を語る。
「僕たちを、庇ったんですよ」
「なんですって?」
「左目だけでは、ありません。手足も、動かせないんです」
「そんな……! 女の子に庇われて、悔しくないの!?」
「ええ。心底、惨めな気持ちを味わいました」
「だったら、どうしてエミリエのそばにいるのよ!?」
自分の知らないところで、大好きな妹が気に食わない男たちを庇って怪我をしたと知らされたのだ。
お姉様からしてみれば、到底許せるようなことではない。
私のそばにいる資格がないと声を荒らげるのも、当然だった。
でも……。
彼らにも、その自覚があるからか。こうして罵倒された程度で私のそばを離れる気にはならないようだ。
ルドルフはオッドアイの瞳に強い意志を込めて、声を発した。
「僕たちは、彼女のおかげで救われました。命を賭けて、エミリエを守る義務があります」
「な……っ」
「僕たちは、いわば罪人のようなものなんですよ。彼女が死ねと言えば、その通りにします」
お姉様が驚くのは、無理もない。
殿下が断言した内容は、縁起でもない話だったからだ。
ヒロインが冗談ではなく本気だと受け取った場合、「お姉ちゃんはあいつらが邪魔なの。死んでって、お願いしてくれる?」なんておねだりをこちらへしかねない。
ルドルフを宥めるべきか悩んでいる間に、再び言い争いが始まってしまった。
「ルティア王女がエミリエを僕たちから無理やり引き離そうとするのであれば、こちらも手段は選んでなどいられません。持てる力のすべてを使って、取り戻します」
「エミリエは、わたしの妹だよ。奪われたのも、取り返す権利があるのも、こっちだけ」
非公式の面談とは言え、両国の王族が私を争い口論を続けているのだ。
この会話に割って入れる人間など、自分以外には存在しない。
――お姉様のこと、止めてくれないかな……?
視線だけでラジェスへ助けを求めてみたが、残念ながらこちらの懇願は成就しなかった。
ここは黙って見守るのが吉と言わんばかりに、無言で微笑まれてしまう。
――じこファンを完全クリアできていれば、彼の性格も把握できていたのに……。
隠し攻略対象は、条件を満たさなければルートに入れない。
どういう性格をしているかは、登場人物紹介くらいでしか把握できていなかった。
――彼に助けを求めるのは、やめよう。
私は早々にラジェスと手を取り合う未来を諦め、2人のやり取りを見守った。
「エミリエは、自分だけが母国へ戻る状況を望んでいません。1人で歩くのもままならない状態ですし、僕たちのことは専用の召使いだとでも思ってください」
「敵国の第二王子と、辺境伯が使用人? 馬鹿言わないで! エミリエは、我が国の第二王女なんだよ? あなたたちみたいな人が彷徨いていたら、わたしの妹が謂れのない誹謗中傷に晒されちゃう!」
「そうならないように手を尽くすのが、あなたの役目ですよね」
ルドルフから冷たく言い放たれ、ヒロインはぐっと言葉を詰まらせる。
ようやく、口論の終わりが見てきた。
自分の方へ火の粉が飛んでこないのをいいことに、どさくさに紛れて私へへばりついてくるフェドクスに若干の鬱陶しさを感じながら、ほっとしたのもつかの間。
お姉様がビシッと、幼馴染を指差した。
「付き人なんて、何人も必要ないわ! その騎士だけ、同行させればいいじゃない!」
この発言を挑発と受け取り、会話に参戦してきたものがいた。
ガザンは瞳の奥底に静かな怒りを宿し、ヒロインへ問いかける。
「これまで散々罵ってきた相手を、身分が劣ってるから合格だって判断するのかよ?」
「だったら、何!?」
「それって、差別じゃねぇか?」
「違うわ!」
「あんたはそんな気がなかったとしても、フェドクスと一緒に長い間平民として暮らしてきたこいつは、どう思うかねぇ……」
辺境伯は思わせぶりな発言をしたあと、こちらへ視線を移す。
どうやらいい加減、この不毛な争いを終わらせろと言いたいらしい。
「え、エミリエ……っ。これは……! お姉ちゃん、そいつを貶すつもりはなかったの……!」
お姉様は大好きな妹に嫌われると焦ったのか、先程まで激怒していたのが嘘のように狼狽え、顔面蒼白な様子で「許して」と懇願し始めた。
ヒロインはこれまで、一度も平民として暮らしたことがないのだ。
フェドクスを下に見るのも、彼ならば雑用係としてこき使っていいと考えるのも、無理はない。
これは、考え方の違いなのだ。
どんなに謝罪を受けたとしても、許せる、許せないの問題ではなかった。
「待って……! お願い! 失望しないで……!」
「お姉様がフェドクスだけなら連れて行ってもいいと、許可をしてくださったのはとても嬉しかったです。でも……。その場合、この国に残されたらルドルフとガザンはどうなるのですか?」
フェドクスは問題があるたび、いつもに提案してくれていた。
『2人で、逃げよう』
私がその申し出を断ってここにいるのは、彼らが心配だからでもある。
――お姉様のことだ。
表面上は「手を出さない」と約束しても、世界で一番大事な妹に消えない傷を与えたと知ってしまった以上、彼らを野放しにはしないだろう。
恐らく、私の知らないところで排除にかかる。
「エミリエに嫌われたら、わたし……!」
「わたしがいるせいで、みなさんが言い争うのなら……。いなくなったほうが、よかったかもしれないですね」
「それだけは、絶対に駄目!」
それを防ぐためには、私が彼女の前からいなくなるのが一番だ。
私がもしもの可能性に思いを馳せて発言したところ、私を抱きしめる力が強まった。
どうやらフェドクスも、お姉様と同じ気持ちらしい。
――わかってるよ。
あなたにだけは、ちゃんと伝えてからいなくなるから。
情緒不安定でどうしようもなくなっている幼馴染を安心させてやるべく、彼の背中に手を回したところ、その姿を羨ましがったヒロインがついにある決断をした。
「お姉ちゃん、エミリエの言う通りにする! あなたを失う苦しみに比べたら、気に食わない奴らと手を組む精神的苦痛は、さほど強くないもの……!」
彼女は悔しさを滲ませ、仕方なくと言った様子を見せた。
――私はルティアに、無理強いをしたいわけではないんだけどな……。
本当にいいのだろうかと探るような視線を向けたところ、お姉様は胸を張って元気いっぱいに声を発する。
「この国は、医療があんまり発展していないでしょう? 一緒に、探そう! 失った視力と手足を、動かせる方法!」
彼女の提案はありがたいが、気持ちだけ受け取っておくしかない。
私が三英雄の傷を肩代わりしたのは、窃盗の力を使ったせいだ。
――癒やしの力を使っても、治らなかったのだから、一生付き合っていくしかない。
「わたし、ありとあらゆる手を尽くす前に諦めるのは、絶対に嫌なんだ」
お姉様はそんなこちらの覚悟を読み取ったのか、私が心配する必要はないと言わんばかりに、笑いかけてくれた。
「粘り強く探していたおかげで、こうしてあなたに出会えたんだもの。エミリエの傷だって、治す手立てが見つかるはずだよ!」
ヒロインの意思は、固い。
ここでどんなに「お姉様の思惑が実を結ぶことはありません」と否定したところで、口論になるだけだ。
私は反論を止め、苦笑いを浮かべた。
――何はともあれ、険悪な雰囲気を脱せてよかった……。
そうほっと一息つけたのは、一瞬だけだ。
彼女はすぐさま、リジェンタス王国の王家を破滅させるにはどうするのが一番なのかについて、頭を悩ませ始めた。
「最低最悪な王と王太子を引きずり下ろすには、民が納得できるような悪行が必要だよ。何か、ある?」
「兄上には、エミリエを痛めつけようとした前科があります」
「へぇ?」
ルドルフの密告を受け、声のトーンが低くなった。
お姉様は黒い笑みを浮かべ、婚約者の姿を想起する。
「わたしのかわいい妹を傷つけたくせに、二つ返事で婚約を結んだんだ……。ほんとに、頭が足りない人なんだね……」
「証拠集めに、協力してくださいますか」
「もちろん! 任せて! ついでに、陛下のゴシップも取ってくる!」
こちらが不機嫌なヒロインに向かって恐る恐るお願いを口にしたところ、彼女は持ち前の明るさを最大限に活かし、胸を張った。




