嵐のあと
先程まで悲痛な表情を浮かべていたのが嘘のように明るくなったお姉様の姿を見て、無理にテンションを上げているような気がしてならない。
――本当に、大丈夫なのかな……?
私は心配になり、思わず声をかけてしまった。
「お姉様。無理、しないでくださいね」
「何言ってるの? こいつらを黙らせるためにも、わたしが有能なところを見せつけてやらなくちゃ!」
ヒロインは「じっとしてなんかいられない!」と満面の笑みを浮かべると、静観していたラジェスを伴って、窓から華麗に姿を消してしまった。
ようやく嵐が過ぎ去ったと言わんばかりに、ガザンが呆れた声を発したのは、その直後のことだった。
「ほんと、自分勝手だな……」
「彼女を味方に出来て、よかったよ」
「そうか? オレは、あいつが地獄へ誘う門番のように見えて仕方ねぇが……」
「ガザンが女性を嫌うなんて、珍しいね」
「言うほどじゃねぇだろ」
辺境伯はなんてことのないように話題を終わらせようとしたが、微笑みを深めたガザンは彼を逃がす気がないらしい。
「エミリエ、姉、聖女。一番最後は論外としても……。やっぱり、性格は真逆でも惹かれるところがあるのかな」
「やめろよ。ストレス溜まってるからって、どさくさに紛れて背中から刺すの」
「ははは。だって、仕方ないだろう? 今のフェドクスとエミリエに、話しかけられる?」
殿下は親友にチクチクと精神攻撃をしながら、こちらへ視線を移す。
それに習ってベッタリと密着し合う私たちの姿を確認したガザンは、何食わぬ顔で問いかけてきた。
「席、外すか?」
「いえ。ご心配には及びません。フェドクスも、だいぶ落ち着きましたから」
「なら、いいけどよ……」
ここで2人きりになったら、何を要求されるかわかったものではない。
できればこのままみんなと一緒にいたいと言う意味を込めてその申し出を断ったところ、幼馴染のクレームを受けた。
「俺は、エミリエと2人きりがよかった」
「拗ねないの」
私は抱きしめる力を強めるフェドクスを落ち着かせるため、右手で彼の頬を啄いた。
そんなこちらの姿を観察していたガザンは、私たち姉妹を比べて感想を呟く。
「あんたら姉妹は、静と動って感じイメージが大きいが……。砕けた口調だと、よく似てんな」
「そうでしょうか?」
「おう」
自分では気づいていなかったが、確かに話し方はそっくりかもしれない。
――あんまり、意識したことはないんだけどな……。
姉妹として一緒に過ごした時間は短いが、影響を受けてしまった部分があるのだろう。
私は「そうかも知れませんね」と適当にその場を誤魔化し、あまりみんなの前でタメ口を発さないほうがいいのかもしれないと思い直す。
「どうした。あいつが、嫌いなのか」
「うんん。違うよ」
「なら……」
「なんでもないの」
私は左右に首を振ったあと、はたと気づく。
作中でエミリエが命を落としたあと、ヒロインと攻略対象は恋仲になる。
ガザンが気にしていたことを、じこファンに登場したみんなも感じ取っていたのであれば――。
彼女に三英雄が惚れたのって、私と似ているところがあったからと言うことになるの?
もしもこの考察が当たっていた場合、私が生きている限りは彼らがお姉様を自分の代わりとして愛する必要はなくなる。
――ヒロインを好きには、ならないんじゃ……?
いや、そんなわけがない。
彼らはルティアに惚れるのは、運命づけられているのだから。
今は険悪な雰囲気を醸し出していても、そう遠くない未来にみんなと仲良くなれるはずだ。
私はそう、信じている。
「大人しくできて、偉かったね」
「ああ……」
――この調子で、お姉様のことも好きになってね。
そんな思いを込めて、彼の頭部を優しく撫でつける。
すると、しばらく経過したあと、こちらを茶化すガザンの声が聞こえてきた。
「ほんと、あんたらは2人の世界を作るのがうまいよな。これで付き合ってねぇって言うんだから、驚きだ」
彼は「ごちそうさま」と両手を合わせ、壁に背をつけた。
ルドルフはこちらへ話しかけていいものかと悩んでいる様子だったので、コクリと頷いて聞く体制に入る。
すると彼は、どこか言いづらそうに言葉を発した。
「ルティア王女を味方に引き入れ、一段落はしたけど……。父上を王座から引きずり下ろすまでは、気が抜けない」
「はい。つねに、警戒しておきます」
「僕のせいで……」
「いいえ。殿下の責任ではありません。お気になさらないでください」
「エミリエは、優しいね……」
ヒロインとの交渉を済ませた以上、私がみんなのためにできることはほとんど終わったようなものだ。
あとは、この国が滅びる時がくるまで――大人しく、力を蓄えればいいだけ。
「1人で、抱え込まないでください」
「それは、こっちの台詞だよ」
ルドルフが疲れたように笑ったのは、気がかりだ。
でも――。
口を噤んだのであれば、みんなには聞かれたくない話なのだろう。
――いつか、話してくれるといいな。
私はそう願いながら、久しぶりに訪れた平穏を享受した。
『ティルタラーテ王国の姫と婚約してから、頻繁に顔を合わせているようだな』
『彼女は私が、好きで堪らないようなんです!』
『うむ……』
――こうして左目で見えるはずのない光景を目撃するのは、何度目だろう?
魔王の魂が私の中にあると自覚してから、遠隔視を見る機会が飛躍的に上昇している。
こんなにたくさん使っていて、大丈夫なのだろうか?
この力をコントロールしきれていない自分には、この光景を見ないようにする方法がわからない。
――ならば、『見るのが嫌だ』と拒絶するよりも、少しでも多くの情報を得るべきだ。
私は左目に見える景色と、聞こえてくる声に集中した。
『今まで私と交際した令嬢たちは、わがままな奴らばかりでした。しかし、彼女は違います。ルティアこそ、私の伴侶に相応しい……!』
どうやら今回は、リジェンタス王国の国王と、王太子が会話をしている光景を目にしているらしい。
サドルーブはすっかりお姉様が気に入ったようで、彼女を娶るつもりのようだ。
『その報告を聞いて、余も安心した。婚約披露を兼ねた夜会は、ティルタラーテ王国の同盟をより強固なものとするために、盛大に執り行おうではないか』
『それでは、準備に時間がかかってしまいます!』
『うむ。それの、何が悪い?』
『私は今すぐに、彼女と結婚したいのです!』
『しかし……。お主は今まで、三度もこっ酷く振られているではないか』
――随分と、前のめりだなぁ……。
お姉様にもこっぴどく振られたら、片手で数えられないほどに婚約破棄をされた男として、名を刻む羽目になると危惧しているのかも知れない。
失敗できないからこそ慎重に相手を見極めたほうがいいんじゃないのかと苦言を呈する陛下の言葉を聞かずに、彼はこれまで自分を振ってきた女性たちに怨みを募らせた。
『それは、歴代の婚約者たちのせいでしょう! 私は何も、悪くありません!』
『今度こそ、うまく行く自信があるのだな?』
『もちろんです!』
彼はお姉様と結婚してみせると豪語したが、王太子の思い通りにはいくわけがなかった。
だってサドルーブは、攻略対象ではないのだから……。




