姉妹
――本当は、ティルタラーテになんて帰りたくないんだけどな……。
自分の理想は、誰にも知られぬ場所でひっそりと、穏やかな余生を過ごすことだ。
私と一緒にいなきゃ壊れてしまうと泣き叫ぶのであれば、フェドクスが一緒にいてもいいかなとは思っている。
精霊が至るところで飛び回る母国で暮らすのは、彼らに見初められなかった自分にとっては、かなりの精神的な苦痛を感じる。
戦争さえ起きなければ、リジェンタスのほうが住みやすい。
そういう意味では、彼の主張は破綻しているような気がしてならなかった。
「どうして、婚約者になろうとしないの? エミリエを抱きしめて、睨みを効かせる猛犬がいるから?」
「それも、理由の1つではあります」
「ほら。やっぱり、そいつはエミリエの邪魔にしかならない。どこの馬の骨かもわからぬ平民なんて、さっさと始末すればいいのに……」
ここで話し合いがうまく行ったあと、「将来的にはリジェンタスで暮らすつもりです」なんて発言しようものなら、間違いなく交渉は決裂する。
ここは黙って話の成り行きを見守っているべきだと考えていたところ、聞き捨てならない苦言がお姉様の口から紡がれる。
いくら相手がヒロインであろうとも、13年間もずっと一緒に過ごしてきた幼馴染を悪く言われるのは我慢ならない。
私は思わず、会話に割って入ってしまった。
「彼はお姉様と引き離されたあと、私が信頼できる唯一無二の人でした。悪く言うのは、やめてください」
「エミリエ……。お姉ちゃんが、すぐにあなたの目を覚まさせてあげるからね……!」
だが……。
彼女はまるでこちらが幼馴染に洗脳されているかのような発言をすると、「何がなんでも妹を取り戻してみせる」と言わんばかりの使命感に燃える。
フェドクスは「やれるものならやってみろ」と言わんばかりに睨みを利かせたが、お姉様は涼しい顔で受け流す。
――なんというか、凄いなぁ……。
こちらがヒロイン特有の、「自分が正しい」というオーラに圧倒されていると、彼女は再び殿下に視線を移した。
「王族として、生まれたくせに。腐敗した王家に反旗を翻した英雄と呼ばれるよりも、エミリエの隣で静かな余生を暮らすことを望むんだ?」
「そうですね」
「世界で一番かわいい妹が愛に狂って冷静さを失った無能な男たちに囲われているなんて、思いもしなかった。お姉ちゃん、凄く悲しい……」
ヒロインは瞳に涙を溜めて、しょんぼりと悲しい表情を浮かべる。
――彼女は私を「世界で一番かわいい妹」だと連呼するが、とんでもない話だ。
誰がどう考えても、お姉様のほうがよほど可憐で、美しい花だった。
――どうして三英雄は、彼女に惚れないんだろう……?
私を取り戻すために、怒っている姿ばかりを見ているせい?
彼女の魅力は、太陽のようにみんなを明るく照らすところなのに……。
「大人が3人も揃っているのに、1人も頼りがいのある男がいないって、どういうこと?」
「みなさんは、身を挺して私を守ってくださいました。お姉様が思っているような方ではありません」
「そんなの、わからないじゃない! こいつらを連れ帰るなんて、お姉ちゃんは反対だよ!」
ヒロインは両手を腰に当て、「三英雄と一緒にティルタラーテで暮らすなんて嫌だ」と豪語した。
ここにいるみんなは、私以外全員負けず嫌いだ。
一度決めたら、よほどのことがない限りそれを貫き続ける。
――もしかしたら、このまま一生衝突し続ける羽目になるのかも……。
そんな危機感に苛まれ、最悪の結末を迎えることだけは避けなければと口を挟む。
「民を巻き込んで、国同士の戦争をするのですか」
「なんの罪のない人々を巻き込むなんて、三流のすることだよ。あなたたち3人がエミリエに相応しいか、わたしが自らテストしてあげればいいだけ!」
するとヒロインは、戦闘態勢に入った。
彼女の周りは、チカチカと光り輝く虹色の球体が空中を漂っている。
恐らく、アレがお姉様と契約している精霊たちなのだろう。
こんな状況じゃなければ、イルミネーションみたいで綺麗だと、目を奪われていんだけどなぁ……。
――私のせいで大好きな人たちが傷つけ合う姿など、見たくない。
お姉様を止めるためには、自らの意思で彼女の元へ向かう必要がある。
私は意を決して、ヒロインの元へ向かおうとしたのだが――。
意外な人物から、待ったがかかる。
「駄目だよ」
ルドルフは私を静止すると、笑顔を消失させて淡々と語り出した。
「王女様がどうしても、個々の実力を確かめたいと言うのであれば、模擬試合のお誘いはお受けします」
「殿下……!」
「しかし、その報酬としてエミリエを賭けるのは了承出来ません」
「どうして?」
妹を取り戻せないなら、そもそも攻略対象とヒロインが戦う必要がなくなる。
彼女が理由を問いかけたところ、なぜかルドルフの自分語りが始まった。
「王女の疑問はご尤もです。兄上よりも先に生まれていれば、僕は無能な弟を足で蹴飛ばすだけでよかった」
――それって今、この状況でお姉様に説明しなきゃいけないこと?
私はどうにも納得できず、口を挟もうか悩む。
しかし、最終的には黙認することになった。
「ですが、僕は第二王子です。兄の、スペアでしかない。適切な教育は受けられませんでした。得意なのは魔術くらいで、死を望まれて魔王討伐隊の一員に抜擢されました」
「あなたも、エミリエと同じなの……?」
こちらが視線をさまよわせている姿を確認したガザンが、左右に首を振ったからだ。
つまり、「ここはルドルフに任せておけ」といいたかったのだろう。
私は渋々、辺境伯の指示に従った。
そのせいで、彼女が知らない秘密を暴露されてしまうなど、思いもせずに……。
「僕は彼女と初めて出会った時、エミリエが嫌いでした。使えないお荷物だと思って蔑んでいましたが、違った。それに気づくのが遅れたせいで、左目の視力を永遠に失わせてしまった……」
「え……?」
「エミリエは僕にとって、命の恩人です。王座なんか、どうでもいい。彼女のそばにいたいんです。どうか、協力して頂けませんか」
ルドルフの懇願する姿は残念ながら、ヒロインには見えていないようだ。
彼女は愕然とした表情で、殿下が口にした内容を繰り返す。
「左目、見えないの……?」
「ご存じ、なかったのですか?」
救済の聖女が三英雄の傷を肩代わりしたという話は、リジェンタス王国では有名な話だ。
だが、どうやらティルタラーテではそこまでの情報が流れていなかったらしい。
お姉様はキッとラジェスを睨みつけ、声を張り上げて問い質す。
「どういうこと!?」
「あれぇ? 言ってませんでしたっけぇ~?」
「聞いてない! どうして、報告してくれなかったの!?」
「そうやって、姫様が悲しむからに決まってるじゃないですかぁ~」
その勢いは、先程まで三英雄と口論をしていた時とは比べ物にならない。
――ヒロインって、こんなに気性が荒いんだ……?
もしかしたら彼女は、フェドクス以上に怒らせてはいけない存在なのかもしれない。
私は若干引きつつ、豹変した姉の姿をぼんやりと見つめていた。




