ヒロインと三英雄の仁義なき戦い
ルティアの登場から、1週間の時が経つ。
王太子との婚約を済ませた彼女は、2日に1日のペースで私の部屋へ忍び込んでいた。
「あれ、どうにかなんねぇ?」
ガザンは心底不快で堪らないと言わんばかりに、室内で言い争う男女を指差す。
「わたしの世界で一番かわいい妹に触れないで! この変態騎士!」
「ワーキャー騒ぐな。シスコン女」
「な……っ! わたしは、王女なんだよ!? そんなふうに呼ばないで!」
「だから、どうした。無許可でエミリエの寝室に潜り込んだくせに……」
お姉様とフェドクスは、毎回耳を塞ぎたくなるような罵り合いを続けていた。
そのせいで、まともに彼女と話せていない。
――なんというか、懲りないよね……。
私は苦笑いを浮かべ、仲裁に割って入るタイミングを窺った。
「すみませーん。姫様は、沸点の低い方でしてぇ~」
そんなこちらの様子を見かねたラジェスが、ケラケラと笑い声を上げながらヒロインの変わりに謝罪をする。
「ちょっと! ラジェス! 余計なことを言わないで!」
お姉様の怒りが従者に向かったのを確認して、フェドクスは勝ち誇った笑みを浮かべた。
その顔には、「ざまぁみろ」と書いてある。
――私に対する執着心が、彼女と出会って収まるどころか深まっているような……?
これは、かなり危うい傾向だ。
早急に、軌道修正を試みるべきだろう。
「フェドクス」
私が名前を呼べば、彼は嬉しそうに目元を緩める。
まるで、「獲物を仕留めたから褒めて」と褒美を強請る獣のようだ。
――どうして、こうなったんだか……。
相手がヒロインでなければ、幼馴染の思い通りに頭を撫でて賞賛を送っていただろう。
でも、彼女は敵ではない。
これから仲間になるかもしれない人へ、必要以上に威嚇してしまったのだ。
もう二度とこんなことをしないように、しっかりと飼い犬の手綱は握っておかなければならない。
――なんて、考える自分が嫌で堪らなかった。
私は彼の飼い犬でなければ、対等な人間のはずなのに……。
「外で待機するか、口を噤んで私とこのままずっといるか。どっちがいい?」
「な……っ!」
こちらが真顔で問いかけた瞬間、彼は絶句した。
みるみるうちに表情が青ざめていき、助けを求めるかのようにオロオロと視線をさまよわせ始めた。
「情けない顔!」
その姿を目にしたお姉様は、従者との言い争いを止めて大笑いしている。
普段であれば幼馴染も、すぐさま売り言葉に買い言葉とばかりに食ってかかっていたが、先程こちらが口にした内容は思った以上に効果的だったようだ。
彼は暫く絶望に染まった表情をしていたが――悩んだ末、私を抱きしめる力を強めた。
つまり、後者を選び取ったのだ。
これでしばらくは、大人しくしてくれるはずだ。
そう安堵したところ、ガザンが私たちを茶化した。
「さすがは、猛獣使い。扱いを心得てんなぁ」
私は「お姉様に対する無礼な態度を改めろ」としか言っていない。
ガザンの発言を挑発と受け取ったフェドクスが喧嘩を始めたら、どうしようかと思った。
だけど――。
幼馴染も、この状況で仲間に食ってかかるほど、聞き分けの悪い子どもではない。
どうにか辺境伯に睨みを効かせるだけで済んで、ホッとする。
――舞台の準備は整った。
幼馴染の気が変わらないうちに、さっさと済ませよう。
私は不思議そうにこちらを見つめるヒロインに向かって、静かに提案した。
「お姉様に、お話があります」
「やっと、母国に帰る決心をしてくれたのね!?」
「はい」
「夢みたい……!」
お姉様の瞳には、涙が滲む。
彼女はずっと、この時を待ち望んでいた。
原作では叶わなかった願いが、現実のものとなったのだ。
喜びは、ひとしおだろう。
――私も三英雄の欠損を肩代わりした時、凄く嬉しかったもの。
お姉様の気持ちがよくわかるからこそ――このあとに私が行う提案によって、彼女が機嫌を損ねるのではないかと不安で仕方がなかった。
「ただし、条件があります」
「なぁに?」
「三英雄と一緒であれば、お姉様とともに母国へ戻ろうと思います」
「それって……。ここにいる、3人の殿方?」
「はい」
ヒロインは目麗しい男たちを品定めするかのように、順番に上から下までを眺める。
その表情は、かなり険しい。
――原作では、イケメンだと大喜びしていたのに……。
なんだか、反応がよくないような……?
私の心配は、すぐに現実のものとなった。
彼女が彼らに向かって、険しい表情とともに質問を投げかけたのだ。
「エミリエと一緒に、ティルタラーテ王国へ来る。それがどういう意味なのか……。本当に、わかっているの?」
「ええ、もちろん」
口元だけに笑みを浮かべたルドルフの返答を受け、ヒロインの瞳がスッと冷たく細められた。
その視線を真っ先に受け止めたのは、ガザンだ。
「オレはこの国じゃなくて、第二王子に忠誠を誓っているんでね。いつだって、寝返る準備は出来てんだよ」
「領民たちは? 長い間、命のやり取りをしてきたんだよ。簡単には、納得など出来ないでしょう」
「オレの指示に従えないってなら、出て行ってもらうしかねぇな」
領地を統べる辺境伯とは思えぬ最低な発言を受け、お姉様はガザンを軽蔑した。
「あなた、最低ね」
「エミリエの意思を無視して、強引に連れて行こうと目論むあんたよりは、マシだと思うぜ?」
2人はバチバチと火花を散らし、無言で睨み合う。
どうやら、相性は最悪のようだ。
――ガザンは私と考え方がよく似ているから、お姉様ともすぐに仲良くなれると思ったのにな……。
初対面の好印象から一転して、一瞬でこんなふうに険悪な雰囲気になるなど思いもしない。
フェドクスとガザンが駄目なら、ルティアとのラブロマンスが期待できるのはルドルフだけだ。
だが――。
彼は前日、「エミリエ以外の女性と結婚させるなんて、君はなんて酷い人なんだろう」と苦言を呈している。
無理やり2人を恋仲にしようものなら、異論を唱えられて新たな火種になりかねない。
ここは、慎重に行動をするべきだ。
こちらの思惑が現実のものとなれば、攻略対象とヒロインが心を通わせる機会はいくらでもあるのだから……。
「問題になるのは、あなただけじゃない。そこで黙って微笑んでいる第二王子は、どういう名目で敵国へ来るつもり?」
「亡命と捕虜なら、どちらがいいと思う?」
問いかけに疑問で返され、お姉様は心底不思議で堪らないと言わんばかりに、再び声を発する。
「この国を統べる王になる気は、ないの?」
「最初は、そのつもりだったんですけどね。この国は、腐敗していますから」
「それはきちんと、理解しているんだね」
「根っこが腐っていた場合、いくら土壌改善を試みても花は咲きません。僕は、あの2人が枯れるのを待っているんです」
第一王女と第二王子という立場に違いはあれど、2人は王家に生まれた子どもたちだ。
その気になればいくらでも、王位につける。
だからこそ、行動をする前から何もかもを諦めて手放そうとする殿下の行動が、許せなかったのだろう。
ヒロインは「逃げずにさっさと立ち上がれ」と、彼の背中を叩く。
「そんなことしなくたって、いいじゃない。あなたが頂点に君臨して、変えればいいでしょ?」
「彼女のいない国に、守る価値などありません」
しかし――。
ルドルフは左右に首を振ったあと、こちらをじっと見つめてお姉様の申し出を断った。
私の居場所は、リジェンタス王国ではない。
母国であると考えているからこその、発言だ。




