今後の相談(3)
――殿下の真意が、知りたいな。
私はもう少し、踏み込んで聞いてみることにした。
「では、殿下はどのような未来をご要望なのですか?」
「愛のある結婚さ。僕たちみんなが、等しく君に愛される。そんな、幸せな結末を望んでいる」
彼の想像する未来が、私たちにとって誰もが納得できる幸せな結末なのかは定かではない。
だが――。
「正夫はフェドクス。僕たちは2番か3番でいい。一妻多夫って、聞いたことくらいはあるよね?」
「な……!」
私に対するフェドクスの執着心は常軌を逸しているが、殿下の思考回路もまた、別の意味でかなり無茶苦茶だった。
一夫多妻なら、わかるけど……。
一国の王になりたがっている人間が、逆ハーレムの一員として自分を仲間に引き入れてほしいと提案するのは、なかなかぶっ飛んでいる。
彼らと別れを告げるつもりだった私が、ルドルフに結婚を申し出るよりも、衝撃的な誘いに開いた口が塞がらない。
「貴様らと、エミリエを共有しろと言うのか!?」
「今までと、何も変わらないよ」
「穢らわしい……!」
どうやらそれは、フェドクスも同じだったようだ。
ルドルフと私が夫婦になること以上に嫌悪感を表した幼馴染は、汚物を見るような目で彼を見始めてしまった。
この2人は表立って衝突する機会がなかったから、油断していた。
でも、フェドクスのいないところでこの提案をしていたことがバレたら、険悪な雰囲気になるだけでは済まなかっただろう。
このまま膠着状態に陥り、話が有耶無耶になることを望んだのだが……。
「エミリエの提案を呑むより、ずっといいと思わないの?」
「ぐ……っ」
ルドルフが冷たく言い放った言葉によって、フェドクスが苦しげな声を発した。
この世界では、一夫一妻が原則だ。
不倫や浮気は認められていない。
どんなに私を想っていても、彼が自分と結ばれることはなくなってしまう。
――でも……。
みんなで私を分け合い共有する一妻多夫ルートを選べば、フェドクスはこれまで通り自分を好きなだけ愛せる。
こうしてベタベタと引っついても、誰からも文句を言われずに済むのだ。
幼馴染にとっては、これほど喜ばしいことはない。
問題は彼が、私を独占しようとする姿を黙認できるかくらいだろうか?
――幼馴染は青くなったり、赤くなったりを繰り返している。
私を奪われるかもしれないという、絶望感。
王族として生まれたというだけで、私から結婚を提案されている姿に嫉妬し、強い怒りを抱く。
そんな幼馴染を見ていたら、なんだかかわいそうになってきた。
どうせ、そう遠くない未来に攻略対象の元から姿を消すのだ。
――やっぱりこんな提案なんかせず、ヒロインの申し出を受け入れるべきだったかな……。
私が居た堪れなくなって目を伏せた姿を、目敏く確認したのだろう。
殿下はフェドクスから自分に視線を移すと、こちらを批難するような言葉を吐き出した。
「僕たちの気持ちを知っているのに、ほかの女性と結婚するように迫るのは、どうかと思うよ」
「それが、考えうる限りの最善ですから……」
「君はたまに、残酷な話を真顔でするよね。手に負えないよ」
どこか悲しそうに目を伏せる彼も、表には出さないが傷ついているのだろう。
先程の提案は、三英雄のためではない。
なんの罪のない人々を巻き込まないために行ったものなのだから。
「フェドクスがエミリエに過保護な気持ちが、よくわかった。これは、さすがの僕でも堪えるなぁ……」
自分の痛みなんて、どうでもいい。
死ぬ以外の方法で誰かを救えるならば、なんでもする。
彼はそんな考えを持つ私の作戦に、都合よく巻き込まれただけなのだ。
――殿下は私と、相思相愛の夫婦になりたいの?
そんなの、あり得ない。
攻略対象はみんな、ヒロインに惚れるはずなのだから……。
「彼を同席させて置いたおかげで、命拾いしたね」
「フェドクスがいなければ、何をするつもりだったのですか」
「聞きたい?」
殿下はそんな私の固定概念を打ち壊すためだろうか? 不穏な発言をした。
ここで「教えてください」なんて言おうものなら、強引に男女の関係へ縺れ込もうとしてきそうな危うさがある。
――じこファンって、一応全年齢対象の乙女ゲームだったはずなんだけどな……。
私は身の危険を感じ、真顔で拒絶した。
「止めておきます」
「懸命な判断だ」
殿下は居心地が悪くなったからか。
どこか寂しそうに言い残すと、そのまま客間から姿を消してしまった。
――フェドクスと2人きりになった。
これから駄目人間と化した幼馴染を、立ち直らせる時間が始まる。
さすがにあれは、やりすぎた。
今日ばかりは何をされても許してやらなければと覚悟を決めたところ、寝台に押し倒された。
逃げられないように囲い込み、こちらを見下す紫色の瞳は、今にも泣き出しそうなほどに潤んでいる。
「どうして、あんな提案をした!?」
「それが、最善だと思ったから」
「あり得ない!」
「ごめんね」
「俺が……っ。どんな、気持ちで……!」
「許してくれとは、言わないよ」
唇をぐっと噛み締めたフェドクスは、まるで私が死んでしまうんじゃないかと心配していた時のように意気消沈とした様子を見せてくる。
――フェドクスは作中、ルドルフとガザンの個別ルートに入った途端、影が薄くなる。
それはヒロインが意図的に、幼馴染と距離を取ったせいだ。
彼女はうまくフェードアウトして、意中の相手と恋仲になっていた。
でも……。
今のフェドクスを突き放したところで、うまくいかないような気がしてならない。
それはやはり、ヒロインと私では、一緒に過ごした時間に大きな差があるからなのだろうか?
それとも……。
――やっぱり、やめよう。
今は、彼の機嫌を直すことを最優先にするべきだ。
「今日は、ずっと一緒にいよう」
フェドクスは返事すらせず、静かに瞳から大粒の涙を流して目を閉じた。
どうやら、もう激怒する気にもならないようだ。
ルティアの登場から、今後についての話し合い――。
彼にとっては、神殿が命を狙ってきた時以上に試練を受けているような気分になったのだろう。
「おやすみ、フェドクス」
いつか、こうやって傷ついた幼馴染を癒やすのは、私の役目ではなくなる。
――その日が来ないように願うなんて、烏滸がましい。
せめて彼がこの一瞬だけは、安らかに眠れますようにと願いながら、フェドクスの胸元に顔を埋めて意識を失った。




