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第99話 二つの誇り

 扉が勢いよく開く。


⸻


 入ってきたミヤーノの顔は険しかった。


 先ほどまでの和やかな空気が、一瞬で消える。


⸻


「……タキ殿」


⸻


 低い声。


⸻


「捜査に進展がありました」


⸻


 室内の空気が引き締まる。


 コーナンとサカンもすぐに表情を切り替えた。


⸻


 ミヤーノはそのまま空いている椅子へ腰を下ろす。


 そして。


⸻


 ちらりと滝の弁当を見た。


⸻


 山盛りの肉。


 焼きトカゲ。


 香辛料たっぷりのスープ。


⸻


「……」


⸻


 だが何も言わない。


⸻


 その沈黙が逆に気まずかった。


⸻


「いや、これは違うんだ」


⸻


 思わず滝が口を開く。


⸻


「何がです?」


⸻


 ミヤーノが真顔で返した。


⸻


「……いや、なんでもない」


⸻


 コーナンたちが肩を震わせる。


⸻


 ミヤーノは小さく咳払いをすると、ようやく本題へ入った。


⸻


「爆破事件の生存者、ジンの聴取結果です」


⸻


「タキ殿が以前指示された、“火薬の搬入日と保管場所の推測”ですが……ある程度、絞れました」


⸻


 滝の表情が変わる。


⸻


「搬入日は?」


⸻


「事件前日です」


⸻


「ハギー様成人の祝賀、その前日になります」


⸻


 滝は腕を組む。


⸻


「その日に荷を搬入した貴族は?」


⸻


「数が多すぎます」


⸻


 ミヤーノが首を横に振る。


⸻


「祝賀用の献上品が大量に王都へ運び込まれていました」


⸻


「貴族家の名が入った荷であれば、検問も簡略化されます」


⸻


「荷の中身を細かく改めることは、ほぼありません」


⸻


「……なるほどな」


⸻


 滝が低く呟く。


⸻


「酒樽に火薬を詰め込むことも可能だ」


⸻


「見た目だけなら、祝宴用の酒にしか見えん」


⸻


 サカンが顔をしかめる。


⸻


「完全に盲点でしたな……」


⸻


「となると」


⸻


 滝は机に置かれた地図へ視線を落とした。


⸻


「火薬の保管場所から捜査を進めるしかないな」


⸻


 ミヤーノが地図の一点を指で叩く。


⸻


「ここです」


⸻


 王都南部。


 大市場地区。


⸻


「市民が毎日利用する場所です」


⸻


「人の出入りが多く、不審な荷も紛れ込みやすい」


⸻


「さらに、ここから現場までは徒歩で荷を運べる距離にあります」


⸻


 滝が地図を覗き込む。


⸻


 市場。


 職人街。


 そして、その間を流れる小川。


⸻


「……爆発や火災の被害を免れてる区域か」


⸻


「はい」


⸻


「小川が延焼を防いでいます」


⸻


「ジンの証言でも、小川と橋の話が出ています」


⸻


「監禁されていた倉庫の外は賑やかで、助けを呼んでも声がかき消されたと」


⸻


 コーナンが地図を睨む。


⸻


「市場なら、魚屋や荷運びの怒鳴り声で騒がしいでしょうな」


⸻


「……魚屋?」


⸻


 滝が顔を上げた。


⸻


「他に何か言っていたか?」


⸻


「倉庫自体は目隠しされていて覚えていないそうです」


⸻


「ただ、“魚屋の声が聞こえた”とは証言しています」


⸻


 滝は小さく頷いた。


⸻


「十分だ」


⸻


「それだけ情報があれば、なんとかなる」


⸻


 そして勢いよく立ち上がる。


⸻


「行くぞ」


⸻


「全員、現場確認だ」


⸻


 空気が一気に動き出す。


 コーナンが立ち上がり、サカンが書類をまとめる。


⸻


 だが。


⸻


「――お待ちください、中佐」


⸻


 ミヤーノの声だった。


⸻


 普段、彼が滝を階級で呼ぶことはない。


 いつもは“タキ殿”だ。


⸻


 だからこそ。


 その呼び方だけで、室内の空気が変わった。


⸻


 滝が振り返る。


⸻


 だがその前に。


⸻


「弁当を残していかないように」


⸻


 ミヤーノが真顔で言った。


⸻


「これは命令です」


⸻


 一瞬。


 室内が静まり返る。


⸻


 そして。


⸻


「ぶふっ!」


⸻


 コーナンが吹き出した。


⸻


「命令だそうですよ、中佐殿」


⸻


「うるさい」


⸻


 滝は顔をしかめる。


⸻


 だが。


 ミヤーノの口元には、珍しく悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。


⸻


 そして改めて。


 懐から、小さな箱を取り出す。


⸻


「……もう一件あります」


⸻


 机の上へ静かに置かれる。


⸻


 中に入っていたのは、新しい階級章だった。


⸻


 紺地に輝く、金の星。


 中佐より、一つ多い。


⸻


 帝国憲兵隊大佐の階級章。


⸻


「陛下からです」


⸻


「“中佐では不便があったと聞いた”とのことでした」


⸻


 室内が静まり返る。


⸻


「……大佐?」


⸻


 コーナンが目を丸くした。


⸻


 サカンも珍しく言葉を失っている。


⸻


「早すぎませんか、これは……」


⸻


「ヒカリー公相手に啖呵を切り、レイス様とハギー様を守り切った男です」


⸻


「今さら中佐では収まりが悪いのでしょう」


⸻


 ミヤーノが淡々と言う。


⸻


 そして。


 ほんの少しだけ口元を緩めた。


⸻


「それと」


⸻


「ご結婚祝いも兼ねているそうです」


⸻


「……気が早すぎるだろ」


⸻


 滝が呆れたように呟く。


⸻


「王城では、もうほぼ決定事項扱いですが?」


⸻


 コーナンが真顔で返した。


⸻


「やめろ」


⸻


 即答だった。


⸻


 だが室内には小さな笑いが漏れる。


⸻


 ミヤーノはさらに箱の中から、銀色のバッジを取り出した。


⸻


 帝国憲兵隊の身分証明章。


 大佐待遇を示す正式な証だった。


⸻


「こちらも陛下からです」


⸻


「今後は、この身分証をお使いください」


⸻


 滝はしばらく、新しい階級章とバッジを見つめていた。


⸻


 日本ではあり得なかった昇進。


 異世界へ来てから積み重ねてきた日々。


 命を落としかけた事件。


 守れなかった者たち。


 そして、守ろうとしている者たち。


⸻


 その視線が、自然と左胸へ落ちる。


⸻


 制服の内側。


 今も入っている、日本の警察手帳。


⸻


 帰れなくなった世界。


 それでも捨てなかった、自分の原点。


⸻


 滝は静かに胸の階級章を外す。


⸻


 そして。


 新しい金の星を胸へ付けた。


⸻


 さらに。


 銀のバッジを左胸へ差し込む。


⸻


 警察手帳の入った場所へ重ねるように。


⸻


 二つの世界。


 二つの誇り。


⸻


 小さな金属音が響く。


⸻


 だが滝には、それが妙に重く感じられた。


⸻


 滝はゆっくり顔を上げる。


⸻


「……行くぞ」


⸻


 先ほどまでとは違う声だった。


⸻


 帝国憲兵隊大佐として。


 そして、一人の刑事として。


⸻


 室内の空気が、さらに引き締まった。

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