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第96話 剣と告白

 廊下の先には、大柄な男が立っていた。


 軍服姿。


 禿げ上がった頭。


 鋭い眼光。


 そして、戦場を幾つも潜り抜けてきたことが分かる圧倒的な威圧感。


 滝はすぐに思い出す。


 皇帝との謁見。


 そして、ハギーの成人の儀。


 あの場にいた軍務卿の男だ。


 侍従が慌てたように頭を下げる。


 「ヒカリー公……どうかお静かに」


 そこで初めて、滝は目の前の男がヒカリー公本人だと認識した。


 ミヤーノが前に出る。


 「宮中で大声を出されて、何事ですか」


 ヒカリー公は鼻を鳴らした。


 「何事も何もあるか」


 「王都であれほどの爆破を許し、なお犯人一人捕らえられんとは」


 「司法省も地に落ちたものだな」


 鋭い視線がミヤーノへ向く。


 「やはり子爵ごときには荷が重かったのではないか?」


 一瞬、空気が冷える。


 だがミヤーノは怒りを飲み込み、静かに頭を下げた。


 「現在、鋭意捜査中です」


 滝は少し驚く。


 いつものミヤーノなら言い返してもおかしくない。


 だが相手は軍務卿。


 しかも皇族に連なる大公爵家だ。


 ここで揉める訳にはいかないのだろう。


 ヒカリー公は興味を失ったように視線を外し、今度はコグシーへ向いた。


 「私はな」


 「レイスの求婚を、ミネーが断った理由を聞いていたのだ」


 その言葉に、滝はミネーを見る。


 困ったように俯いていた。


 ハギーが間に入る。


 「ヒカリー公、ここでするようなお話ではありません」


 「後日、改めて――」


 「……今は口を挟まれますな、殿下」


 低い声だった。


 「これは家同士の問題です」


 ミネーが意を決したように口を開く。


 「ヒカリー公……」


 「私の問題です」


 「どうかレイス様を責めないでください」


 「私が――」


 「だから分からんと言っておる!」


 怒声が響く。


 「伯爵家とはいえ、所詮は臣下の家だ」


 「レイスは何故、貴様のような格下貴族の年増にそこまで入れ込んだ!」


 その瞬間。


 滝の中で、何かが弾けた。


 「――本当にみっともないな」


 静かな声だった。


 だが、その場の空気が凍る。


 ヒカリー公の目が滝へ向く。


 「……何?」


 コグシーもハギーも息を呑んでいる。


 滝は真っ直ぐヒカリー公を見る。


 「レイス様は、何一つ恥なんかかいてないでしょう」


 ヒカリー公の額に青筋が浮かぶ。


 「外国人風情が――」


 「貴様に何が分かる」


 「得体の知れん中佐ごときに、話すことなどない」


 滝は無言で胸の階級章を外した。


 そしてミヤーノへ預ける。


 「タ、タキ殿……」


 「中佐と話ができないなら」


 滝はヒカリー公へ向き直る。


 「一人の男として話をしますよ」


 空気が張り詰める。


 滝は一歩前へ出た。


 「レイス様は家柄に拘らず、人を好きになった」


 「礼儀を尽くして」


 「真正面から、自分の気持ちを伝えた」


 「結果、ミネーには受け入れられなかった」


 「でもそれは、レイス様が足りなかったからじゃない」


 滝の視線がミネーへ向く。


 「ミネーもまた、自分の過去と向き合って」


 「自分の気持ちを正直に伝えたんです」


 「レイス様だって、悲しくて悔しかったはずだ」


 「それでも、ミネーの気持ちを理解して身を引いた」


 「……最高の男じゃないですか」


 コグシーが目を見開く。


 ハギーも驚いたように滝を見ていた。


 ヒカリー公の眉がぴくりと動く。


 滝はさらに踏み込む。


 「なぜ結果だけ見て、感情をぶつけるんです」


 「何で、レイス様の気持ちを分かろうとしない」


 「それに――」


 滝の声が低くなる。


 「私の大事な人を」


 「こんな場所で恥ずかしめたことを謝ってもらいたい」


 一瞬。


 完全な静寂が落ちた。


 ミネーが、息を呑む。


 その瞳が震えていた。


 コグシーは呆然としている。


 ハギーの口元には、僅かな笑みすら浮かんでいた。


 ヒカリー公の目が細くなる。


 「……なるほど」


 低い声。


 「貴様か」


 「レイスが振られた理由は」


 そして、ゆっくりと腰の剣へ手を掛けた。


 「そこまで言うなら」


 「貴様の覚悟を見せてもらおう」


 鋭い金属音が廊下に響く。


 侍従たちが悲鳴を上げて下がる。


 「ヒカリー公!」


 ミヤーノが叫ぶ。


 だが止まらない。


 切っ先が滝へ向く。


 「いかに外国の要人とはいえ」


 「この国で私を敵に回して無事で済むと思うなよ」


 凄まじい殺気。


 だが滝は動かない。


 覚悟を決めた目で、真っ直ぐヒカリー公を見る。


 その時だった。


 「……っ!」


 ミネーが飛び出した。


 滝と剣の間に立つ。


 ヒカリー公が目を見開く。


 「ミネー!」


 「貴様も私を敵に回すつもりか!」


 ミネーは震えていた。


 それでも逃げない。


 真っ直ぐヒカリー公を見る。


 そして――。


 「たとえ世界中を敵に回しても」


 滝を振り返る。


 涙で滲みながらも、確かな笑顔だった。


 「私は、この恋を貫きます」


 ヒカリー公の目が怒りに染まる。


 大きく剣を振り上げる。


 「おやめください!!」


 コグシーの悲痛な叫びが廊下に響く。


 それでも――


 剣は止まらなかった。

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