↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
95/163

第95話 ふさわしい男

 滝たちは、静かな庭園を後にしていた。


 先頭を歩くコグシーの背中は、いつもより少しだけ重く見える。


 ミヤーノも無言だった。


 滝自身も、胸の奥に重い感覚を抱えている。


⸻


 皇帝は、ただ覚悟を示しただけではなかった。


 もし自分が倒れた場合のことまで、すでに決めていたのだ。


⸻


 ハギーを擁立し、現在の閣僚たちで国政を滞りなく進めること。


 それは、皇帝としてだけでなく、一人の父としての決断でもあった。


 そして――。


⸻


 もし、ハギーに皇帝の器がなかった場合。


 あるいは、執務を担えない場合。


⸻


 皇族の血を引き、若く、人望も厚い軍務卿ヒカリー公爵の息子――レイスを、次代の皇帝候補とする。


⸻


 コグシーは侍従長として、その言葉を正式に記録し、確かに承った。


 その姿は、長年この国を支えてきた老臣そのものだった。


⸻


 しばらく歩いた後。


 滝はふと疑問を口にする。


⸻


「ところで、なぜレイス殿なんです?」


「ヒカリー公では駄目なんですか?」


⸻


 コグシーとミヤーノが視線を交わした。


 答えたのはミヤーノだった。


⸻


「ヒカリー公は、陛下の従兄弟にあたる人物です」


⸻


 カンク十七世の父君の弟の子。


 さらに母親も王族の血を引く侯爵家の出身。


 家柄だけを見れば、極めて由緒正しい血統だった。


⸻


「一方で、現陛下の母君は男爵家のご出身です」


⸻


 滝は少し意外そうな顔をする。


⸻


「つまり、昔は揉めたってことですか」


⸻


「ええ」


 ミヤーノは静かに頷いた。


⸻


「先帝陛下が崩御された際には、ヒカリー公を推す声も少なくありませんでした」


⸻


 血統。


 家格。


 王族としての格式。


⸻


 確かに理屈だけなら、ヒカリー公に分があったのかもしれない。


⸻


「ですが」


 コグシーが静かに続ける。


⸻


「ヒカリー公ご自身も、ご自分の血筋に大きな誇りをお持ちでした」


「一方で、現陛下は民を思い、貴族だけでなく国全体を見ておられた」


「そのお人柄を見て、先帝陛下と貴族会議は現陛下をお選びになったのです」


⸻


 滝は何となく納得した。


 カンク十七世には、人を惹きつける何かがある。


 あの覚悟。


 責任感。


 そして、民を思う姿勢。


 血統だけで測れるものではない。


⸻


「もっとも」


 ミヤーノは少し表情を和らげた。


⸻


「即位後、大きな対立にはなりませんでした」


⸻


「ヒカリー公も現在では帝国を支える重臣です」


⸻


「ご子息のレイス様も、立派な青年皇族として育っておられます」


⸻


 滝は、昨夜のレイスを思い出す。


 真っ直ぐな目。


 堂々とした態度。


 そして、ミネーへの誠実な想い。


⸻


「……非の打ち所がない好青年ですよね」


⸻


 思わず口から漏れた。


⸻


 もし自分がミネーの父親なら、ああいう男を選ぶだろう。


 若く、将来有望で、家柄も申し分ない。


⸻


 それに比べ、自分はどうだ。


⸻


 四十五歳の中年刑事。


 一度、家庭を失った男。


 異世界に迷い込んだ、得体の知れない男だ。


⸻


 ――ミネーには、自分よりああいう男の方がふさわしいのかもしれない。


⸻


 それなのに。


 自分は、ミネーの気持ちに気づいていながら、何も答えようとしていない。


 事件を言い訳にして。


 危険だからと理由をつけて。


 好意を告げることも、その想いを受け止めることもしない。


⸻


 ――ただの意気地なしだ。


⸻


 前の妻の時も、そうだった。


⸻


 仕事を理由に向き合うことから逃げ続けた。


 気づけば、取り返しのつかないほど心は離れていた。


⸻


 そして今また、同じことを繰り返そうとしている。


⸻


 その時だった。


⸻


「ヒカリー公、どうかお声をお鎮めください!」


⸻


 突然、廊下の奥から慌てた声が響いた。


⸻


 三人が顔を上げる。


⸻


 声のした方へ向かうと――。


⸻


 そこには、困ったように眉を下げるハギーの姿があった。


 その隣では、ミネーが険しい表情で誰かと向き合っている。


⸻


 ただならぬ空気だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。