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第94話 皇帝の決断

 翌日――。


 王城の庭園には、色とりどりの花が咲き誇っていた。


 柔らかな風が吹き抜け、水路のせせらぎが静かに響く。


 その庭園を、カンク十七世がゆっくりと歩いていた。


 そして、大きな池の前で足を止める。


⸻


 滝は、コグシーを通じて皇帝への謁見を求めていた。


 だが、今回案内されたのは謁見の間ではない。


 宮廷庭園だった。


 表向きは、外国から来た司法研修生である滝に、皇帝自ら庭園を案内していることになっていた。


 さらに、研修の責任者である司法卿ミヤーノも同行している。


 これなら周囲にも不自然には映らない。


 広い庭園を歩きながら話せば、人に会話を聞かれる心配も少なかった。


⸻


 滝は、ここまでの捜査経過を説明していた。


 ノオダ。


 セキ。


 ガナト。


 王都爆破事件。


 各地で起きた事件が繋がっていること。


 そして――。


⸻


「もし、佐田仁が関与しているなら」


 滝は静かに言った。


「次に狙うのは、諸侯会議の可能性が高い」


⸻


 王都の風が止まったような気がした。


⸻


 滝は続ける。


 かつて自分のいた国で起きた未遂のクーデター計画。


 爆弾テロによる混乱。


 政府中枢の一斉破壊。


 内部協力者による武装蜂起。


 それらと今回の事件が酷似していること。


⸻


「……もっとも」


 滝は最後に付け加えた。


「これは、あくまで私の推測に過ぎません」


⸻


 だが。


 ミヤーノの顔色は明らかに変わっていた。


⸻


「陛下」


 ミヤーノが口を開く。


「やはり諸侯会議は中止すべきです」


「当然、王都の警備も最大限に強化します」


⸻


「私も同意見です」


 コグシーも深く頭を下げる。


「陛下のお命は、この国そのものにございます」


⸻


 滝は黙って二人を見ていた。


 司法卿として。


 侍従長として。


 それは極めて正しい判断だと思う。


 自分が同じ立場なら、間違いなくそう進言する。


⸻


 だが――。


⸻


 皇帝はしばらく池を見つめていた。


 水面を渡る風が、小さな波紋を広げていく。


 やがて静かに口を開いた。


⸻


「諸侯会議は予定どおり行う」


⸻


 ミヤーノとコグシーが息を呑む。


⸻


「確証はない」


「だが、おそらくタキの推測は正しいのだろう」


⸻


 皇帝はゆっくり振り返った。


⸻


「だが、会議を中止にすれば」


「それは相手に屈したも同然だ」


⸻


 低い声だった。


 だが、その言葉には揺るぎがない。


⸻


「それに――」


⸻


「民を危険にさらして、自分だけ安全な場所にいる」


「それで何の皇帝だ」


⸻


 空気が張り詰める。


⸻


「ですが陛下――!」


 ミヤーノがなおも食い下がる。


⸻


「お考え直しを」


 コグシーも頭を下げた。


⸻


 しかし。


 二人の言葉を受けても、皇帝の目は変わらない。


⸻


 滝は、その目に見覚えがあった。


⸻


 ――ハギーだ。


⸻


 民のためなら、自分を顧みない。


 あの皇女と同じ目をしている。


⸻


 皇帝は少しだけ笑った。


⸻


「私は、一度あの戦争で死にかけている」


⸻


「スサーが救ってくれなければ、今ここにはいなかった」


⸻


 亡き皇后の名だった。


⸻


「今さら、この命は惜しくはない」


⸻


 そう言った後。


 皇帝は三人を見た。


⸻


「この命、預けたぞ」


⸻


 力強い声だった。


⸻


 ミヤーノが静かに頭を下げる。


 コグシーも続く。


⸻


 滝は何も言わなかった。


 ただ、その言葉の重さだけを胸に刻む。


⸻


 そして――。


⸻


 気づけば、自然に敬礼していた。


⸻


 この男なら。


 命を懸けて守る価値がある。


⸻


 滝は、そう確信していた。

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