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第91話 過去の亡霊

 王都の五連橋。


 その中央で、滝は立ち尽くしていた。


 橋を渡る人々の話し声。


 川の流れる音。


 遠くで鳴る鐘。


 だが、滝の意識は別の場所にあった。



 警察学校時代。


 講堂のような教室。


 壇上には、白髪混じりの公安出身教官が立っていた。


 若い滝は、まだ刑事でも何でもない。


 ただの学生だった。


 教官は低い声で語っていた。


『革命家は理想を語る』


『だが、テロリストは民間人を巻き込む』


『その時点で、奴らはただの犯罪者だ』


 静まり返る教室。


 そこで語られたのは、日本中を震撼させた四十数年前の連続爆破事件だった。



 佐田仁。


 甘苦市出身。


 理系大学に通う成績優秀な学生だった。


 しかし、当時日本中で吹き荒れていた学生運動に傾倒し、やがて過激派組織へ加わる。


 その頭脳は組織内でも群を抜いていた。


 爆弾製造。


 資金調達。


 組織運営。


 潜伏拠点の整備。


 さらには警察の捜査まで分析した。


 そして――革命計画。


 佐田は瞬く間に組織の幹部となった。



 最初に起きたのは、全国各地での爆弾テロだった。


 駅。


 官公庁。


 企業施設。


 人的被害を伴う無差別爆破。


 日本中が恐怖に包まれた。


 警察は混乱し、全国規模で捜査網を広げる。


 だが――。


 後になって分かった。


 それは”本命”ではなかった。


 あくまで陽動。


 本当の目的は、東京だった。



 混乱の裏で、佐田たちは仲間を増やしていた。


 学生。


 労働運動家。


 活動家。


 それだけではない。


 後の捜査で判明した。


 中央省庁の官僚。


 自衛隊関係者。


 経済界の有力者。


 政府中枢にまで協力者が存在していた。


 そして決起直前。


 東京で大規模爆破事件が発生した。


 死者多数。


 日本中が騒然となる。


 当然、政府は動いた。


 総理を中心とした緊急治安対策会議が招集される。


 担当閣僚。


 与党有力議員。


 警察幹部。


 自衛隊幹部。


 専門家。


 協力企業の経営者。


 国家中枢が一堂に集まる予定だった。



 だが。


 それこそが、佐田の狙いだった。



 会議場を爆破し、政府機能を一斉に麻痺させる。


 その混乱の中で。


 全国各地から集まった仲間たちが武装蜂起。


 警察。


 自衛隊。


 官公庁。


 通信。


 交通。


 一気に制圧する。


 計画は荒唐無稽に思われた。


 だが実際には、何年もかけて準備されていた。


 内部協力者の情報。


 警備体制の分析。


 爆薬搬入経路。


 非常時の政府行動予測。


 その計画は、異様なほど緻密だったという。



 だが。


 事件は未遂に終わる。



 理由は、一人の女だった。



 佐田の内妻。


 そして、幼い赤ん坊の母親でもある。



 無差別テロで命を落としていく民間人。


 泣き叫ぶ遺族。


 日に日に狂気へ傾いていく組織。


 彼女は耐えられなくなった。


 そして――警察へ密告した。



 その情報を基に、警察は一斉摘発を開始。


 組織は壊滅した。


 関係者のほとんどが逮捕される。


 だが。


 佐田仁だけは逃げた。



 警察が踏み込む直前。


 佐田は異変に気付いていた。



 幼い赤ん坊。


 泣き崩れる妻。


 二人を残し。


 佐田は姿を消した。



 その後。


 全国指名手配。


 警察庁重要指名手配。


 四十年以上。


 佐田仁は姿を消した。


 そして――


 なぜか、滝の勤務していた故郷・甘苦市に現れた。



 滝はゆっくり目を開いた。


 橋の上。


 風が吹き抜ける。


 「……そういうことか」


 嫌な汗が流れる。


 もし。


 もし佐田が、この世界に来ているなら。


 爆破。


 武器集積。


 反政府勢力。


 地方での扇動。


 貴族への浸透。


 すべてが、あまりにも似すぎている。


 もちろん、まだ証拠はない。


 だが、偶然にしては出来すぎていた。


 そして――。


 「次は……」


 滝の顔色が変わる。


 佐田仁は、ただ爆弾を使う男ではない。


 混乱を起こし。


 人を集め。


 そして、一気に叩く。


 それが、あの男のやり方だ。


 もう立ち止まっている時間はなかった。


 滝は踵を返す。


 橋を駆け出した。


 人混みを掻き分ける。


 向かう先は――司法省。


 嫌な予感がしていた。


 いや。


 刑事として積み重ねてきた経験が、警鐘を鳴らしていた。

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