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第9話 異世界裁判 開廷

 一睡もできないまま、裁判の朝を迎えた。


 宿の窓から差し込む朝日が、やけに眩しい。


 鏡に映る自分の顔は、ひどい有様だった。


 目の下には隈。


 頬には疲労。


 だが――目だけは死んでいない。


 やるしかない。


 ミネーには好意がある。


 下心も、ないとは言わない。


 だが、それ以上に。


 無実の人間を罪に落とす連中が、気に入らなかった。


 その一点だけで十分だった。


 伸び放題だった髭を剃る。


 制服へブラシをかける。


 皺を伸ばし、ネクタイをゆっくり締めた。


 不思議と気持ちが整っていく。


 コンコン、とドアが鳴る。


「タキ殿、そろそろ出発してよろしいか」


 コグシーだった。


 扉を開けた滝は、思わず苦笑する。


「……あんたも寝てないな」


 コグシーの目も赤かった。


 だが、その顔には迷いがない。


 覚悟は同じか。


 馬車の中は、妙に静かだった。


 木輪の軋む音だけが響く。


 いつもなら矢継ぎ早に質問してくるコグシーが、今日は何も言わない。


 ただこちらを見て――視線を逸らした。


 ……信じると決めた顔だ。


 だったら、応えるしかない。


 やがて馬車が止まる。


 扉が開いた瞬間、空気が変わった。


 広場は人で埋め尽くされていた。


 好奇。


 敵意。


 嘲笑。


 無数の視線が、一斉に突き刺さる。


 憲兵に先導されながら、人垣を割って進む。


 中央には、即席の法廷が設けられていた。


 柵で囲まれた空間。


 一段高い裁判席。


 被告席は、まるで罪人を晒す舞台だった。


 ……見世物だな。


 席へ着く。


 その向かいに、一人の男がいた。


 黒い服。


 鋭い目。


 机の上には分厚い書類。


 無機質な空気を纏っている。


 ――あれが司法官か。


「サカンという男だ」


 後ろからコグシーが低く言う。


「数多くの罪人を処刑してきた。別名“サタン”だ」


 なるほど。


 顔に出てる。


 そのサカンが静かに立ち上がり、こちらへ歩いてきた。


「あなたが弁護人ですか」


 ゆっくりとした口調。


 だが、まったく笑っていない。


「なぜ他人のために命を捨てるのです」


 滝は肩をすくめる。


「さあ」


「弁護人が必要な理由くらい、あなたの方が詳しいのでは?」


 一瞬。


 サカンの表情がわずかに歪んだ。


 その時だった。


 滝の視線が、胸元へ向く。


「いい万年筆ですね」


「少し借りても?」


 一瞬、サカンの目が細くなる。


 だが次の瞬間、小さく笑った。


「お目が高い」


「どうぞ」


 受け取り、紙へ走らせる。


 重い。


 滑らかだ。


 いいインクを使っている。


「確かに、素晴らしい」


 そう言って返すと、サカンは満足げに頷き、自席へ戻っていった。


「何のつもりだ」


 コグシーが囁く。


「あとで分かります」


 その時だった。


 外が一気にざわつく。


「殺人者!」


「売女!」


「貴族は何をしても許されるのか!」


 罵声が飛ぶ。


 憎悪が渦巻く。


 ミネーが来た。


 ――コグシー伯爵令嬢。


 憲兵に囲まれながら、被告席へ進む。


 その目が、滝を捉えた。


 そして静かに頷く。


 ……ああ。


 覚悟は、できている。


「静粛に」


 サカンの声が響く。


 完全には止まらない。


 だが、広場の空気が少しだけ抑えられる。


「これより、裁判を開廷する」


 書類を開く。


「被告――ミネー・コグシー伯爵令嬢」


 ざわめき。


「民間人との不適切な関係」


「そのもつれによる殺害の疑い」


「および証拠隠滅」


 淡々と読み上げる。


「以上の罪状により、本件を審理する」


 サカンが顔を上げた。


「弁護人――異議は?」


 視線が滝へ向く。


 ――来たか。


 滝は、ゆっくり口を開きかける。


 その瞬間だった。


「ふざけるな!!」


 怒声が割り込む。


 前列の男が柵を叩いた。


「どうせ出来レースだろうが!」


「貴族は何をしても許されるのか!」


 怒号が連鎖する。


 空気が一気に崩れた。


 憲兵が制止へ入る。


 だが、押し返される。


 数が足りない。


 誰かが石を拾った。


 振りかぶる。


 ――まずい。


 滝は動こうとする。


 だが。


 間に合わない。


 その時だった。


 一台の馬車が、広場へ到着する。


 憲兵たちが慌てて道を開けた。


 馬車の扉が開く。


 振りかぶられていた石が――止まる。


 一瞬。


 ざわめきが消えた。


 ゆっくりと。


 一人の少女が馬車から降り立つ。


 白い礼装。


 陽光を受けて揺れる金髪。


 その姿を見た瞬間――群衆が息を呑んだ。

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