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第8話  裏切りの記憶

 この国は、長くカンク家を盟主としながらも、実際には各地の領主が強い自治権を持つ――いわば寄せ集めの国家だった。


 やがて、その歪みは表に出る。


 豊かな領主はさらに富み、貧しい領主は搾取され、領民は逃げ、土地は荒れた。


 治安は崩壊し、野盗が跋扈する。


 その混乱を正そうとしたのが、カンク家を中心とした改革派だった。


 だが――


 既得権を守ろうとする領主たちとの衝突は、やがて国を二分する戦争へと発展する。


⸻


 スオーを治めるクガー家は、有力領主でありながら中立を選んだ。


 どちらにも与しない。


 それが、この街を守る最善の選択だった。


 ――はずだった。


⸻


 戦況が動いたのは、一年後。


 敗走した改革派の軍が、このスオーへと雪崩れ込んできた。


 本来なら、追い返すべきだった。


 だが――


 クガーの妹、スサーがそれを止めた。


 「人を救うのに立場は関係ありません」


 彼女は自ら傷ついた兵を看護し、総大将であるカンク17世すらも介抱した。


 その結果――


 二人は結ばれた。


⸻


 その選択が、すべてを変えた。


⸻


 中立だったスオーは、裏切り者と見なされた。


 領主連合は一斉に牙を剥く。


 街は炎に包まれた。


 クガーは敵の包囲網を命からがら突破し、援軍を求めて王都へ向かった。


 出陣前。


 カンク17世はクガーの手を取り、約束した。


 「必ず助ける」と。


 だが――


 援軍は来なかった。


⸻


 スオーは、意図せず囮となった。


⸻


 領主連合の本拠地を叩くための。


⸻


 本拠地を奪われた領主連合の敗北により、戦争は終わった。


 だが、スオーに残ったのは――


 焼けた街と、裏切られた記憶だけだった。


⸻


 戦後、新政府が樹立される。


 国は再編され、制度は整い、復興は進んだ。


 ――だが、それは同時に、


 これまでの価値観を否定するものでもあった。


⸻


 そしてスサーは、娘を産んで間もなく死んだ。


 その娘が――ハギーだ。


⸻


 「……だから、この街は王家を嫌っているんですね」


 思わず口にすると、ユダは静かに頷いた。


⸻


 「でも、それって姫には直接関係ないですよね」


 「それでも、刃は向けられる」


 「だからミネーは黙秘した。」


 短い言葉だったが、それで十分だった。


⸻


 ミネーが不安そうにこちらを見る。


 「姫様の存在を知られて何かあったら……」


 その表情は、やはり綺麗だと思った。


 こんな状況なのに。


⸻


 「大丈夫ですよ」


 「俺の国でも同じです」


 「一部の声が、全部みたいに扱われる」


⸻


 少し間を置いて続ける。


 「だからこそ、逃げちゃダメなんです」


 「姫からの伝言です」


 「何も恐れず。真実を明らかに」


⸻


 ミネーはまっすぐこちらを見て、強く頷いた。


⸻


 さて――問題はここからだ。


⸻


 ホウブ。


 そして、アガ。


⸻


 この二人の証言が、すべてを左右する。


⸻


 ユダとホウブの家へ向かったが留守だった。


 隣家の老婆に聞くと、朝から戻っていないという。


 「どうせ酒場だよ」


 老婆は呆れたように言った。


⸻


 ホウブの行きつけの酒場で聞き込みをすると、妙な話が出てきた。


⸻


 「今日はやけに羽振りがよかったな」


 「ツケも全部払って、新しいボトルまで入れてた」


⸻


 ……金。


⸻


 嫌な予感がする。


⸻


 店主は最初口を閉ざしていたが、ユダが銀貨を握らせると、渋々口を開いた。


 「女のところに行くって言ってた」


 「どこの女かまでは知らねぇ」


 ユダがもう一枚銀貨を置く。


 すると店主は周囲を気にしながら、小声で言った。


 「……思い出した」


 「アガとかいう、洋館の女だ」


⸻


 目撃者と関係者が繋がった。


⸻


 店主は、


 「独り言だからな」


 と念押ししながら、家の場所まで教えてくれた。


⸻


 アガの家へ向かう。


⸻


 到着したのは深夜だった。


 畑の中にぽつんと灯る明かり。


 ――中から、男女の声。


⸻


 踏み込もうとした瞬間、ユダが腕を押さえた。


 静かに首を振る。


⸻


 彼女は一人で近づき、耳を澄ませる。


 数分後、戻ってきた。


⸻


 「ホウブだ」


⸻


 やはりか。


⸻


 「上手くいった」


 「大金が入る」


 そんな断片的な会話が聞こえたらしい。


⸻


 「ナイフ、あの女じゃないか?」


 ユダが低く言う。


⸻


 「可能性は高いですね」


 「でも、今問い詰めても無駄です」


⸻


 口裏を合わせて終わりだ。


⸻


 それに――


⸻


 酒場のツケも払えないホウブ程度の男に、この事件は組み立てられない。


⸻


 指示役がいる。


⸻


 確実に。


⸻


 「どうする」


 ユダが聞く。


⸻


 俺は少し考えて、笑った。


⸻


 「相手が裏から来るなら――」


 「こっちも裏でいきましょう」


⸻


 ユダが覆面の奥でニヤリと笑う。


 「いいな、それ」


⸻


 ……その時。


⸻


 家の明かりが消えた。


 中から、妙に生々しい声が漏れてくる。


⸻


 「今日はもうやめときましょう」


 「さすがに、今は野暮です」


⸻


 そう言うと、ユダは肩をすくめた。


⸻


 明日の裁判に、全てをかける。

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