第7話 初めての異世界捜査(刑事の違和感)
被害者はトク、四十五歳の独身男。
スオーの町外れで日雇い仕事をしながら暮らしていた。
家族もおらず酒場で政府への愚痴を肴に飲むのが唯一の楽しみだったが、最近はツケが溜まり姿を見せていなかった。
話を聞きながら、妙に自分と重なる気がして気分が沈んだ。
「タキ殿、どうかされましたか。」
憲兵隊長のコーナンが不思議そうにこちらを見る。
隣には捜査の助手としてコグシーがつけてくれたユダ。
コーナンは貴族出身の若い官僚で、官吏登用試験を優秀な成績で突破した将来有望な男だ。まだ二十代だが、スオーの憲兵隊長として赴任したばかりで、この事件も自ら担当している。
前途洋々な若者には、中年男の悲哀など分からないだろう。
「いや、続けてください。」
トクの遺体が見つかったのは、街の東出口近くにある“親子杉”の親木の下だった。早朝、牛乳配達員が休憩しようとして発見し、憲兵隊へ通報した。
死因は胸をナイフで刺されたことによる失血死。近くには血の付いた銀のナイフが落ちていた。
銀のナイフは、身分の高い女性が護身用として持つものらしい。柄には家紋が刻まれており、その紋章は――
「ミネーさんの家のものですか。」
コーナンは静かに頷いた。
さらに、近所に住むホウブという男が証言していた。
明け方、現場で争う声が聞こえた。
現場に近づくとミネーがナイフを抜いてトクを刺した。
そして逃げるミネーを宿舎まで尾行したという。
当初、憲兵隊が宿舎を訪ねた時は、ミネーはトクと面識があり、現場に行ったこと、ナイフが自分の物であることを認めた。
ただし、身柄を拘束されてからは現場に行った理由を含めて黙秘。
さらにミネーは大金を持っていた。
酒と女好きのトクを金で買い、情事の後に揉めて殺した――それが憲兵隊の見立てだった。
そして明日、ミネーは裁かれる。
この国の裁判制度は、日本より遥かに粗い。
新政府発足後に多少改善されたとはいえ、弁護人なし、短期間の審理、そして一度裁かれれば無罪を証明するのは極めて難しい。
だが、今の話だけで殺人を断定するには無理がある。
刑事としての勘――いや、強い違和感があった。
現場、遺体、ミネー本人、目撃者。
最低でもそれは確認する必要がある。
コーナンの案内で現場へ向かう。
親杉の下には、争った形跡がほとんどなかった。血痕も足跡もない。
一方で、ホウブが見ていたという子杉からは50メートル程で見通しが良く、犯行自体は見えなくもない距離だった。
続いて、憲兵隊舎に安置されたトクの遺体を検視する。
「医者を呼んでくれ」
「町の人の信頼の厚い人がいい」
コーナンに医者の手配を依頼する。
「もう死んでいるのに医者だってよ。」
憲兵たちは呆れていた。
法医学の概念がないようだが、コーナンは黙って町医者のヨロズを手配した。
ヨロズを立ち合わせて遺体の全身を細かく確認する。
確かに左胸には心臓に達する大きな刺創があった。
ミネーのナイフとも一致する。
だが、現場にも遺体の衣服にも心臓を刺されたことに見合う血痕はなかった。
そして、顔には鬱血した痕が…
ヨロズとともに全身を時間をかけて検視して一つの事実が判明したが、憲兵達には伝えなかった。
明日、法廷で明らかにする。
検視が終わり日が暮れる頃、ようやくミネーとの面会が許された。
彼女は牢ではなく、役所の一室に軟禁されていた。
部屋に入ると、ミネーは机に顔を伏せていた。こちらを一瞬見たが、すぐにまた俯く。
私は静かに近づいた。
「ミネーさん。あなたは犯人ではありませんね。」
ミネーは泣き腫らした目でこちらを見る。
「どうして、そう思うのですか。」
私は現場、証言、遺体の状態を説明し、犯人とするには不自然すぎると告げた。
「ですが、本当のことを話してくれなければ無実は証明できません。」
そしてハギーの伝言を伝えた。
「私のことなど気にせず、真実を明らかにしてください。」
ミネーは深く息を吸い、こちらを見る。
覚悟を決めた目だ。
そして、ゆっくりと話し始めた。
姫が襲われた後、宿舎は混乱していた。夕方になり、侍女のアガに勧められて入浴していた時、アガが慌ててやって来た。
「姫を襲った犯人を知っている男が来ています。」
急いで裏庭へ向かうと、そこにいたのがトクだった。
トクは言った。
「憲兵隊も領知事も信用できねえ。明け方、親杉に一人で来い。金と引き換えに犯人を教えてやる。」
ミネーは金を用意し、翌朝一人で親杉へ向かった。
だが――
「トクは、もう死んでいたんですね。」
ミネーは大きく頷いた。
「怖くなって逃げました。宿舎へ戻ったら、突然みんなが私を犯人だと……。ポーチの銀のナイフもなくなっていて……」
再び俯くミネーに、私は言った。
「よく分かりました。あなたが犯人ではないことが。」
そして、ずっと引っかかっていた疑問を口にする。
「なぜ、そこまで姫がこの街にいることを隠す必要があるんですか。」
その時だった。
「その点は私が話そう。」
ユダが静かに口を開いた。
――この人、喋るんだ。




