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第6話 弁護人は共に死ぬ


 クガーが去った後、滝は二階の寝室に案内された。


 制服を脱ぎ、ベッドに腰を下ろす。

 今日一日の出来事を思い返すが――やはり夢ではない。


 ハギーの凛とした佇まいも、

 ミネーの柔らかな微笑も、

 刃物を向けられたあの冷たい恐怖も、


 すべて、現実だ。


 ……ならば。


 どうやって元の世界に戻る?


 ふと、あの男の顔がよぎる。


 目に傷のある大男。

 あいつだけは、この制服を見て「警察」と言った。


 この世界の人間は誰一人として理解していなかったのに。


 ――なぜ、あいつだけ分かった?


 同じように“こちら側”の人間なのか。

 それとも――


 そこまで考えたところで、意識が途切れかける。


 その時だった。


 ――コツ、コツ。


 中庭から足音が聞こえた。


 反射的に目が覚める。


 (来たか……)


 警棒を手に取り、灯りを消す。

 カーテンの隙間から外を覗く。


 そこにいたのは――ミネーだった。


 誰かと話している。


 相手は男。

 暗くて顔までは分からない。


 だが――様子がおかしい。


 警戒している様子はない。

 むしろ、親しげにも見える。


 男が外へ出ると、ミネーも迷いなく後を追う。


 (……襲撃じゃないな)


 ならば。


 ――逢引きか。


 胸の奥に、わずかな違和感が残る。


 だがすぐに打ち消した。


 (まあ……あれだけの女性だ)


 恋人の一人や二人いても不思議じゃない。


 そう自分に言い聞かせ、ベッドに戻る。


 疲れている。


 本来なら今頃、当直明けで自宅に帰っている時間だ。


 そう思った瞬間、意識が落ちた。



 「課長、事件です!」


 仁保の声で飛び起きた。


 ――はずだった。


 だが。


 そこは、見慣れた当直室ではない。


 同じ部屋。

 同じ天井。


 仁保もいない。


 (……夢か)


 妙な現実感だけが残る。


 その時――


 階下が騒がしい。


 怒号と、言い争う声。


 嫌な予感が走る。


 滝は帯革に警棒と手錠を装着し、一気に階段を駆け下りた。



 玄関ホールには、異様な空気が広がっていた。


 領知事。

 憲兵隊。

 そして見知らぬ中年男。


 その男が、ミネーを指差して叫んでいた。


 「この女です! 間違いありません!」


 「無礼者!」


 コグシーが今にも飛びかかりそうになる。


 ユダはすでに剣に手をかけている。


 ――一触即発。


 「何があったんですか!」


 間に割って入る。


 領知事が苦い顔で口を開いた。


 「今朝、町外れで男の死体が発見されまして……」


 「その犯人を見たという者が――」


 「この女性だと言うのです」


 コグシーが怒鳴る。


 「デタラメだ! ミネーがそんなことをするはずがない!」


 だが、男は引かない。


 「見たんです! この女が現場から立ち去るのを!」


 「ミネーさん、本当ですか?」


 問いかける。


 しかし――


 ミネーは、何も言わない。


 ただ、俯いたまま。


 (……まずいな)


 沈黙は、この世界では“肯定”に近い。


 「こういう場合、どうなるんですか」


 領知事に問う。


 「新法では……公開裁判です」


 「各村の長老による評議で裁かれます」


 ――早すぎる。


 捜査もろくにせず、もう裁判か。


 「姫様のお付きでもありますから、今回は特例で――」


 領知事が言いかけた、その瞬間。


 「なりません」


 静かだが、強い声が響いた。


 ハギーだった。


 階段からゆっくりと降りてくる。


 「法は、誰に対しても平等でなければなりません」


 「それを曲げるなら、この国に正義は存在しません」


 場が凍りつく。


 そしてハギーはミネーの手を取った。


 「私は、あなたを信じています」


 優しく、だが揺るぎない声。


 ミネーの肩が震えた。



 「……ミネー殿」


 領知事が告げる。


 「殺人の容疑で拘束します」


 「裁判は――明日、夕刻」


 早すぎる。


 異常だ。


 「ちょっと待ってください!」


 思わず声を上げた。


 「目撃証言だけで拘束?」


 「令状は? 裏取りは?」


 「こんなの、裁判以前の問題でしょう!」


 だが。


 返ってきたのは、たった一言。


 「法ですので」


 それは正論だが、完全に、詰んでいる。



 だが、まだ一つだけ手がある。


 「弁護人は?」


 領知事が首をかしげる。


 「無実を証明する者のことですか?」


 (ざっくりだな……)


 「まあ、そんな感じです」


 「申し出があれば誰でもなれます」


 ――なら。


 迷う理由はない。


 「じゃあ、俺がやります」


 一瞬、場が静まり返る。


 「……え?」


 「私が、ミネーさんの弁護人になります」


 コグシーが目を見開く。


 「本当ですか……!」


 領知事も絶句している。


 だが、私は続けた。


 「無実なら、証明すればいいだけです」


 それだけだ。



 その時。


 コグシーが、震える声で言った。


 「……ご存じ、ないのか」


 嫌な予感がした。


 「この国では――」


 「有罪となった場合」


 一拍。


 「弁護人も、同罪です」


 ――は?


 思考が止まる。


 「つまり」


 コグシーが、はっきりと言った。


 「ミネーが死罪になれば、あなたも死にます」


 ――は?


 いやいやいやいや。


 「ちょっと待て、それ先に言えよ!」


 心の中で全力でツッコむ。


 だが、もう遅い。


 全員の視線が、こちらに突き刺さっている。


 引けない。


 ――完全に詰んだ。



 それでも。


 私はミネーを見た。


 涙を流しながら、深く頭を下げている。


 ハギーも、静かにこちらを見つめていた。


 ――やるしかない。


 「……分かりました」


 腹を括る。


 「やりますよ」


 「どうせなら、無罪にして生き残ればいいだけだ」


 強がりでもいい。


 言い切る。



 その夜。


 私の“命のリミット”が決まった。


 ――明日の夕刻まで。


 大事件です。

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