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第5話 焼け残った街と笑う男


 スオーの街に入った瞬間、違和感が走った。


 大きな街だ。


 だが――死んでいる。


 石畳の道路はあちこちが陥没し、

 建物は煤け、壁は崩れ、

 空き地には瓦礫が山のように積まれている。


 人もいる。


 だが、誰一人として“生きている顔”をしていない。


 視線を合わせようとしない。

 服は汚れ、やせ細り、

 どこか怯えたような空気が漂っている。


 (……災害か?)


 いや、それにしては妙だ。


 復興途中というより――

 「諦めている」空気だった。


⸻


 馬車は大きな洋館の前で止まった。


 ここがハギー一行の宿舎らしい。


 門前には武装した兵士が並び、

 一人の初老の男が直立不動で待っていた。


 御者が扉を開ける。


 ユダが先に降り、周囲を鋭く警戒する。


 その後にコグシー。

 そして最後にハギー。


 その瞬間――


 初老の男が、地面に額がつきそうなほど深く頭を下げた。


 「申し訳ございません……!」


 声が震えている。


 「このスオーで姫様に狼藉を働く者が現れるとは……!」


 「ただちに憲兵と兵を総動員し、捕縛のうえ死罪に――」


 「顔を上げてください」


 ハギーが静かに制した。


 「あなたの責任ではありません」


 「私が、無理を言ったのです」


 優しい声だった。


 だが――その場の空気は一切緩まない。


⸻


 「ここではまずい」


 コグシーが割って入る。


 「姫の来訪は公にしておらん」


 「兵を動かせば目立つ」


 「中で話そう」


 全員が急いで館の中へ入った。


⸻


 通されたのは会議室のような部屋だった。


 扉が閉まるや否や、コグシーが低く問う。


 「賊の目星は」


 領知事は苦い顔で首を振る。


 「まだ……何も」


 「何をどう探せばよいのか……」


 沈黙。


 重い。


 ――ああ、ダメだなこれ。


 完全に“手詰まりの現場”だ。


 気づけば、口が勝手に動いていた。


 「追跡状況は?」


 「遺留品は?」


 「馬車の出どころは?」


 「類似事案は?」


 「聞き込みは?」


 「姫の行動を知っていた人間は?」


 止まらない。


 久々に“現場”に立った感覚。


 領知事もコグシーも、黙ってこちらを見ている。


 ――あ、やりすぎたか。


 だが次の瞬間。


 「すぐに確認しろ!」


 領知事が一気に指示を飛ばした。


 空気が変わる。


 人が動き出す。


 (……やっぱり現場はこうでなくちゃな)


⸻


 やがて、領知事がこちらを見た。


 「ところで……あなたは?」


 またその質問か。


 だが答える前に――


 「異国の客人です」


 ハギーが自然に言った。


 「私の恩人であり、治安に精通した方です」


 コグシーも頷く。


 「お国で要職に就かれておる」


 (盛るなぁ……)


 だが助かる。


 領知事は表情を変えた。


 「それは失礼しました」


 深く頭を下げ、手を差し出す。


 「ぜひ、お力をお貸しください」


 握手を返す。


 この世界での立場が、少しだけ固まった気がした。


⸻


 領知事が去った後。


 部屋にノックが響く。


 入ってきたのは二人の女性。

 一人は洋館で働くアガ


 そして、もう一人の女性に目を奪われた。


 黒髪。

 透き通るような声。

 整った顔立ち。


 「姫様……ご無事で……」


 涙をこらえている。


 「ミネーです」


 ハギーが紹介する。


 ――ああ、なるほど。


 これは人気出るタイプだ。


 思わずネクタイを直す。


 「素敵なお名前ですね」


 軽く手を差し出そうとした瞬間。


 「それは私が付けた名前ですからな」


 横からコグシー。


 ドヤ顔。


 (お前かよ)


 2人は親子だという。

 よく見ればコグシーも整った顔をしている。


 ミネーは小さく笑った。


 その笑顔がまた――反則だ。


⸻


 その後、捜査報告が次々に入る。


 だが。


 「足跡は川で消失」

 「馬車は盗難品」

 「遺留品なし」

 「目撃者なし」


 ――完璧すぎる。


 コグシーがこちらを見る。


 答えは同じだった。


 「計画的ですね」


 「証拠を“残さない”動きです」


 「単独犯じゃない」


 空気がさらに重くなる。


 「……心当たりは?」


 問いかけた、その瞬間。


⸻


 バンッ!


 扉が乱暴に開いた。


 現れたのは――長身の男。


 灰色の髪。

 鋭い目。


 ただ立っているだけで分かる。


 ――この場の“支配者”だ。


 「クガー侯様……!」


 コグシーが立ち上がる。


 男は無視して詰め寄った。


 「お前がついていながら、姫が襲われた?」


 低い声。


 だが圧が違う。


 「何かあればどうするつもりだった」


 コグシーは頭を下げたまま動かない。


 「……どこで知ったんですか」


 絞り出すような声。


 クガーは笑った。


 「領内のことは、すべて把握している」


 その笑み――


 まるで“最初から知っていた”みたいだった。


⸻


 その時。


 「叔父様」


 ハギーが現れた。


 空気が変わる。


 クガーは一転して大げさに笑った。


 「おお、姫様! ご無事で何より!」


 ――嘘くさい。


 心の底からそう思った。


 「我が館に来られればよかったものを」


 「最近は治安も不安定でしてな」


 言葉の端々に棘がある。


 そして。


 「やはり地方は、領主に任せるべきでは?」


 ハギーを試すような視線。


 だがハギーは微笑んだまま答えた。


 「問題ありません」


 「国の施策は、必ず成果を出します」


 静かな応酬。


 だが――火花が散っていた。


⸻


 クガーは鼻で笑った。


 「では、その“成果”を楽しみにしております」


 「今度の諸侯会議で王都で陛下に直接お伺いしますので」


 一方的に言い残し、去っていく。


⸻


 静寂。


 その後で聞かされた。


 クガーは――


 ハギーの母の兄。


 つまり王族であり、領主であり、権力者。


⸻


 だが。


 さっきのあの目。


 あれは――


 身内の無事を喜ぶ目じゃない。


 もっと別の、


 冷たい何かを見ている目だった。

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