第4話 連れ去る理由
1000年前の神話の時代から脈々と続くカスミ国。
建国の祖の血を引くカンク家は、長い歴史の中で常に国の中心にあった。
そして現当主――カンク17世。
地方領主同士の争いで荒廃した国をまとめ上げ、内乱を制し、再統一を成し遂げた英雄。
今は皇帝として、新たな国造りを進めている。
……その娘が、先程滝が助けた少女――ハギー。
滝の首に剣を突きつけたのが、護衛の女剣士ユダ。
ずっと覆面をしたままだ。
飛び込んできて場をひっくり返した犬が、ハギーの愛犬ポリス。
「――というわけだ」
夜明け前。
馬車の中で、コグシーは一息にそう語った。
小柄で、頭頂部が寂しい老人。
だがその目だけは異様に鋭い。
正直、苦手なタイプだ。
「話は分かりましたけど」
滝はため息混じりに言った。
「そんな高貴な人が、護衛も付けずに夜に出歩くって不用心すぎません?」
ピクッ、とコグシーの眉が跳ねた。
「貴様は、この国の成人の儀を知らんのか!」
一気にまくし立ててくる。
「母方の祖先を祀る教会で、一人きりで祈りを捧げる。それが掟だ!」
「姫は民に迷惑をかけぬよう、極秘で行うことを望まれた!」
「我々は離れて待機し、迎えに行ったら――この有様だ!」
拳を握りしめる。
「私がお傍にいれば……!」
……なるほど。
忠誠心は本物らしい。
だが――
「それでもおかしい」
滝は小さく呟いた。
コグシーがギロリと睨む。
「何がだ」
「犯人の動きですよ」
滝は指を折りながら整理する。
「タイミングが完璧すぎる」
「警護の隙を正確に突いている」
「しかも“殺す”じゃなくて“連れ去ろうとした”」
コグシーの表情が、わずかに固まる。
「偶然じゃない。情報を持ってた連中の動きです」
「……馬鹿な」
「それに」
滝はさらに続けた。
「馬車。あれ、準備してましたよね?」
「教会の配置も把握してた」
「逃走ルートも考えてる」
沈黙。
ユダの視線が、鋭くこちらに突き刺さる。
そして――
「内部の人間が関わってる可能性、ありますよね?」
空気が凍った。
「……黙れ」
コグシーの声が低く落ちる。
「王家にそのような者がいるはずがない」
即否定。
だが、ほんの一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ――迷いが見えた。
(図星か)
その時だった。
「コグシー」
静かな声。
ハギーがこちらを見ていた。
「恩人に、そのような言い方はなりません」
柔らかい声なのに、逆らえない圧がある。
コグシーは言葉を詰まらせた。
「……は、しかし」
「それに」
ハギーは、まっすぐ滝を見る。
「タキ様のお話は、理にかなっています」
コグシーが驚いた顔をする。
滝も少し驚いた。
この子、ただのお姫様じゃない。
「……貴様、名は」
コグシーが睨みつけてくる。
ここで正直に話しても通じないだろう。
なら――
「滝一郎と申します」
軽く頭を下げる。
「異国の者です。山で遭難し、気づいたら記憶も曖昧で……教会に辿り着いた次第でして」
自分でも胡散臭い説明だと思う。
案の定、コグシーの目が冷える。
「旅人にしては装備が妙だな」
「腰の黒い棒と鉄の輪は何だ」
きた。
滝は警棒と手錠を取り出す。
「私の国では“警察”といって、犯罪を取り締まる役職がありまして」
「これはその装備です」
「……ケイサツ?」
コグシーが眉をひそめる。
「治安維持の役人、ということか」
「そんなところです」
「スパイではないと?」
「スパイがこんな目立つ格好します?」
少し間。
コグシーが鼻を鳴らした。
「……確かにな」
完全には信用していない顔だが、ひとまずは納得したらしい。
「素性が知れるまで同行してもらう」
「行き先は?」
「スオーだ。姫の滞在先でもある」
……まあ、選択肢はない。
「分かりました」
そう答えた瞬間――
ふと、違和感がよぎった。
(そういえば)
あの襲ってきた男。
――滝を見て、“警察”と言ったよな。
この世界の連中は誰も理解していないのに。
(なんであいつだけ……?)
しかも。
どこかで見た顔だった気がする。
思い出せない。
だが――
嫌な予感だけは、はっきり残っている。
「……貴様」
コグシーが再び口を開く。
「先程、捜査をしていたと言っていたな」
「はい」
「今回の件は国家の大事だ。軽々しく口外するな」
釘を刺される。
「分かってます」
そして滝は、あえてもう一歩踏み込む。
「でも、ひとつだけ」
「何だ」
「今回の犯人――」
一拍置く。
「“誘拐が目的”なら、依頼主がいるはずですよ」
再び沈黙。
馬車の中の空気が重くなる。
ユダの手が、わずかに剣にかかる。
ハギーだけが――静かに滝を見ていた。
その目は、不安でも恐怖でもなく。
何かを“確かめるような目”だった。
そして馬車は――
夜明けのスオーへと入っていった。




