表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/90

第3話 神のご加護を

 激しい頭痛で目が覚めた。


――雷の直後、何が起きた。


 体の下が固い。木ではない――石の感触だ。


 ……気を失っていたのか。


 ひんやりとした空気が頬をなでる。かすかに風の音。

 どうやら建物の中らしい。


 慌てて目を開けると、あの男の姿はない。

 それどころか、橋の上でもない。見知らぬ石造りの狭い部屋だった。


 確か、橋の上で男を取り押さえようとして――

 そこで記憶が途切れている。


 落ち着け。夢かもしれない。

 浅く深呼吸を繰り返すが、目の前の光景は変わらない。


 時間を確認しようとして腕を見る。腕時計はない。

 仮眠前に外して洗面所に置いたままだ。


 ポケットからスマホを取り出す。

 圏外。時計表示もエラー。こんな表示は見たことがない。


 ……おかしい。


 病院に運ばれた可能性も考えるが、身体に痛みはない。

 濡れてはいるが外傷もないし、そもそもこの場所は病院には見えない。


 窓もない。外の様子も分からない。


 とりあえずここを出るしかない。

 唯一の木の扉に手をかけ、ゆっくりと押し開けた。


 扉の先に広がっていたのは、大きな講堂のような空間だった。

 石造りの広間の中央に白い祠があり、その前で一人の人物がひざまずいている。


 小柄で長い髪。女性だろうか。


 思わず後ずさると、腰の手錠が小さく音を立てた。


 その音に気づいたのか、ひざまずいていた人物が振り向く。

 そしてゆっくりと立ち上がり、こちらへ歩いてきた。


「巡礼宿坊にお泊りの方ですか」


 静かで、よく通る声だった。


「お休みのところを起こしてしまったようですね。申し訳ありません」


 月明かりが差し込み、その姿を照らす。


 整った顔立ち、長く艶のある金髪。

 黒を基調とした上質な衣服に、見慣れない刺繍。腰には赤いポーチ。


 年齢は中高生くらいに見える。


「あ、いや……」


 言葉が出ない。


「どうかされましたか?」


「ここ……どこなの?」


 少女は少し不思議そうにしてから、


「教会ですが……」


 と答えた。


「教会!? どこの?」


「スオーの教会です」


 聞いたことのない地名だ。


「それより君、こんな時間に何をしているんだ」


 問いかけると、少女は少し困ったように視線を落とした。


「申し訳ありませんが、今はお話しできません」


「いや、未成年だろ。警察としてはこんな夜中に放っておくわけには――」


 そこで少女が首を傾げる。


「ミセイネン……? ケイサツ?」


 初めて聞く言葉のような反応だった。


「あなたはケイサツさんとおっしゃるのですね」


 違和感が胸に引っかかる。


 そのとき――


 ゴン、ゴン、と扉を叩く音が響いた。


 少女の表情がわずかに強張る。


「申し訳ありません。迎えが来たようですので」


 そう言って、こちらの横をすり抜けていく。


「待って!」


 呼び止めるが、少女は振り返り、微笑んだ。


「神のご加護を」


 そして扉の外へ出ていった。


 ……何なんだ。


 混乱したまま、後を追って外へ出る。


 月明かりの下、黒い二頭立ての馬車が停まっていた。


 そして――少女が、その馬車に押し込まれていた。


 ――誘拐だ。


「危険です!来てはなりません!」


 少女の叫び声。


 男たちがこちらに気づく。


「警察だ!何をしている!」


 一瞬、動きが止まる。


 だがすぐに、一人がナイフを抜いてこちらへ向かってきた。


 拳銃はない。仮眠前に保管庫だ。


 左腰から警棒を抜く。


 カシャッ、と乾いた音が響いた。


「ナイフを捨てろ!」


 構える。


 男は止まらない。


 距離が詰まる。


 呼吸が浅くなる。胸が苦しい。


 少女の声が響く。


「その人は関係ありません!」


 一瞬、男の視線が逸れた。


 ――今だ。


 一気に踏み込む。


 警棒でナイフを弾き飛ばす。


 乾いた音とともに刃物が地面に落ちる。


 そのまま腕と襟を掴み、体を入れる。


 重心を崩す。


 引き込む。


 体が浮く。


 そのまま勢いよく背負い投げに入る。


 地面に叩きつける。


 鈍い音。


 男の息が詰まる。


 受け身も取れていない。しばらくは動けないはずだ。


 だが、こちらの息も上がる。


 喉が焼けるように熱い。


 整わない呼吸のまま顔を上げる。


 もう一人が馬車から降りてくる。


 背の高い大男。


 松明を拾い上げる。


 炎に照らされた顔。目元に傷。


「警察……まさか」


 低く呟く。


 違和感が走る。


 だが考える暇はない。


 男が一気に間合いを詰めてきた。


 反応が遅れる。


 ――まずい。


 その瞬間、黒い影が横から飛び込んだ。


 大きな犬が男の腕に食らいつく。


 男が叫び、腕を振り回す。


 遠くから声が響く。


「姫様ー!」


「ポリス、OK」


 その声と同時に犬は離れ、馬車へ飛び込む。


 男たちは森へ逃げた。


 追おうとするが、足が出ない。


 呼吸が乱れている。体が言うことをきかない。


 振り向くと、少女が震えていた。


「もう大丈夫だ」


 声をかける。


 そのとき――


「貴様ー!」


 老人が飛び込んできた。


 剣が首元に突きつけられる。


 兵士に囲まれる。銃と槍。


 終わった、と思った。


「その方は恩人です」


 少女の声。


 一瞬で空気が変わる。


 武器が下がる。


 全員が頭を下げた。


 ……この子は、いったい何者だ。


 思考が追いつかないまま、力が抜けた。


 その場に崩れ落ちた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ