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第87話 新たな階級章

 司法省――会議室。


 長机の上に、大きな王都の地図が広げられている。


 窓から差し込む朝の光が、机の上の書類を照らしていた。


 その部屋にいる全員の視線が、ある人物へ向いている。


 滝一郎。


 そして――その制服へ。


 黒紺色の制服の左胸には、警部の階級章。


 さらに、その右胸。


 銀色に輝く、憲兵隊中佐の階級章が新たに加わっていた。


⸻


「……やっぱり、まだ慣れませんね」


 滝は肩を竦める。


 向かい側のコーナンが小さく笑った。


「よく似合っていますよ」


「嫌味か?」


「いえ、本心です」


 青年将校は真顔だった。


⸻


 本来、滝は任官を固辞していた。


 自分は異邦人。


 しかも、元の世界では警察官に過ぎない。


 そんな男が、この国の軍や治安組織の高位に就くなど不自然すぎる。


 だが――


『責任を負うのなら、立場も必要だ』


 皇帝カンク十七世は、静かにそう言った。


⸻


 しかも最初に提示されたのは、少将待遇。


 滝は思わず断った。


『いやいや、いくら何でも高すぎますって』


『私の国の警部なんて、軍隊で言えば少尉か中尉くらいですよ』


 そう説明して、かなり揉めた。


⸻


 結果。


 コーナンが少佐であること。


 滝の年齢。


 そして対外的な自然さを考慮し――


 憲兵隊中佐という立場に落ち着いた。


⸻


 表向きの肩書きは、


 “国際交流のための研修および捜査指導官”。


 さらに――


『日本の警察官との兼務扱いとする』


 という、皇帝なりの気遣いまで付いていた。


⸻


 おかげで、今の滝は堂々と司法省や憲兵隊施設、事件現場へ出入りできる。


 捜査への介入も正式なものになった。


 もっとも――


 本人としては、胃が痛いだけだが。


⸻


「では、始めましょう」


 ミヤーノが静かに口を開く。


 サカンが机に地図を広げた。


 王都全域。


 地区ごとに色分けされ、印が書き込まれている。


⸻


「まず、王都爆発事件について、現時点までの情報を整理します」


 サカンが説明を始める。


「奇跡的に生存していた鍛冶職人ジンの証言により、火薬搬入には貴族階級の関与が疑われています」


⸻


 会議室の空気が重くなる。


⸻


 滝は腕を組んだ。


「貴族について教えてください」


 コーナンが頷く。


「王都内に常時居住している貴族は数百」


「中央勤務の者もいれば、領地と王都を行き来する者もいます」


「さらに、王都に屋敷を持たない地方領主も百名近く」


 一拍置く。


「加えて――」


「事件当日は、ハギー様の成人祝賀行事がありました」


「ほぼ全ての貴族が王都へ集まっていたはずです」


⸻


 滝は小さく息を吐く。


「つまり、容疑者候補が多すぎるわけか」


「はい。貴族の所在確認とリスト化だけでも相当な時間を要します」


⸻


 だが、滝は頷いた。


「それでもやる価値はある」


「今後の捜査にも役立つ」


「貴族社会の構造を知る意味でも必要です」


 コーナンが真剣な顔で頷く。


「承知しました」


⸻


 滝は地図を見る。


 そして視線をサカンへ向けた。


「ジンが王都へ連れて来られた日付は、証言から逆算できるはずです」


「さらに、火薬を隠していた倉庫も――」


 一拍。


「場所の特定までは無理でも、移動時間から地区の推測はできる」


⸻


 サカンの目が僅かに見開かれる。


「なるほど……」


「では、ジンの再聴取と移動経路の検証を進めます」


「頼みます」


⸻


 そのやり取りを見ていたミヤーノが感心したように呟く。


「……さすがですな」


⸻


 滝は苦笑する。


「刑事は地味な積み重ねですよ」


「足で探して、繋げていくしかない」


 そして。


「それと、各地の事件情報も集めてください」


⸻


 ミヤーノが顔を上げる。


「各地……ですか」


「ええ」


 滝は静かに言った。


「ノオダ」


「セキ」


「ガナト」


「俺たちが関わった事件は、一見別々に見えて――裏で繋がっていた」


⸻


 地図へ視線を落とす。


「情報っていうのは、不思議なものでね」


「一つだけなら意味がない」


「でも、複数集まると――」


 滝は地図上の印を指でなぞる。


「パズルみたいに繋がることがある」


⸻


 静寂。


⸻


 ミヤーノは深く頷いた。


「分かりました」


 そして、すぐに部下へ指示を飛ばす。


「各地方の未解決事件、不穏分子、武器流通、失踪者情報を洗い直せ!」


「関連がありそうなものは全て集めろ!」


⸻


 部屋が一気に動き始める。


 役人たちが慌ただしく会議室を出ていく。


 サカンも資料を抱え、コーナンも部下へ命令を飛ばしていた。


⸻


 その様子を見ながら。


 滝は、自分の胸元へ視線を落とす。


⸻


 警部章。


 そして――中佐の階級章。


⸻


 こんな異世界で、まさか再び“捜査本部”の中心に立つことになるとは思わなかった。


⸻


 だが。


 もう後戻りはできない。


⸻


 滝は静かに息を吐いた。


 そして、決意を新たにする。


⸻


 ――必ず、辿り着く。


 この国を揺るがす“黒幕”へ。

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