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第85話 暖かい光

 薄暗い会議室だった。


 机の上には、飲みかけの缶コーヒー。


 積み上がった資料。


 ホワイトボードには、赤いペンで人物名と矢印がびっしりと書かれている。


 滝は腕を組み、資料を見つめていた。


 向かいには捜査一課の刑事たち。


 だが、空気は重い。


 「だから、その線は厳しいですよ」


 若い刑事が疲れた顔で言う。


 「裏付けが足りません」


 「上も動きません」


 別の刑事も苦い顔で頷いた。


 滝は静かに口を開く。


 「資金の流れが不自然だ」


 「運搬記録も噛み合っている」


 「偶然で片付けるには無理がある」


 返ってきたのは、どこか距離のある視線だった。


 「……また始まった」


 「課長、考えすぎですよ」


 滝は黙る。


 理解されない。


 それでも、この違和感だけは見過ごせなかった。


 もし間違っていても構わない。


 だが、本当に繋がっていたなら。


 見逃せば、必ず誰かが犠牲になる。


 だから止まれない。


 場面が変わる。


 夜。


 仕事帰りのマンション。


 疲れた足取りで廊下を歩く。


 鍵を開ける。


 部屋は暗かった。


 リビングの明かりだけが灯っている。


 テーブルには冷めた夕食。


 奥では、妻が背を向けて座っていた。


 「……ただいま」


 滝が声を掛ける。


 返事はない。


 振り返りもしない。


 時計の針だけが静かに時を刻む。


 滝はネクタイを緩めた。


 何か言おうとする。


 だが、言葉は出なかった。


 胸の奥が締め付けられる。


 視界が揺れた。


 (まずい……)


 そう思った瞬間。


 身体から力が抜ける。


 暗闇が押し寄せた。


 ――だが。


 次の瞬間。


 暖かな光が身体を包み込んだ。


 柔らかな温もり。


 誰かが手を握っている。


 遠くで声が聞こえる。


 「……タキ」


 滝はゆっくりと目を開けた。


 見知らぬ天井。


 木造の部屋。


 薬草の香り。


 そして。


 ベッドの横で、ミネーが滝の手を握ったまま眠っていた。


 長い髪が肩へ流れている。


 いつもの凛とした表情ではない。


 心底疲れ切った寝顔だった。


 滝がわずかに身体を動かす。


 その気配に、ミネーが目を覚ました。


 「……!」


 一瞬、目を見開く。


 そして。


 「タキ……!」


 ぱっと表情が明るくなった。


 目には涙が滲んでいる。


 滝はゆっくりと周囲を見回した。


 「……ここは?」


 「私の家よ」


 ミネーが優しく答える。


 「倒れた後、ここへ運ばれてきたの」


 滝は眉をひそめた。


 「どれくらい寝てた?」


 「二日」


 短い返事だった。


 「熱も出てたわ」


 「過労と風邪だって、お医者様がおっしゃってた」


 滝は天井を見上げ、小さく笑う。


 「……もう歳だな」


 冗談のつもりだった。


 しかし。


 ミネーは笑わない。


 涙が一粒、頬を伝った。


 滝は少し困ったように笑う。


 「おい」


 「そんな顔するな」


 ミネーは唇を噛む。


 「二日も目を覚まさなかったのよ」


 「……本当に心配したんだから」


 震える声だった。


 滝は静かに手を伸ばす。


 そっとミネーの頬へ触れる。


 ミネーが目を見開く。


 二人の距離が近づく。


 静かな時間が流れる。


 滝は、そのままそっとミネーを引き寄せようとした。


 その瞬間――。


 バタン!


 勢いよく扉が開いた。


 「ミネー様! タキ殿の様子は――」


 飛び込んできたサカンが固まる。


 滝とミネーは同時に手を離した。


 そして。


 二人揃ってサカンを睨みつける。


 「……え?」


 サカンが目を瞬かせる。


 「いや、なんで俺が睨まれてるんだ?」


 本気で困惑していた。


 ミネーが露骨に不機嫌な顔をする。


 滝も疲れたように額へ手を当てた。


 「空気を読め……」


 「だから意味が分からん!」


 サカンが思わず声を上げた。


 その時だった。


 開いたままの扉の向こうから、一人の男が静かに部屋へ入ってくる。


 コグシーだった。


 滝の目がその姿を捉える。


 コグシーは穏やかな表情のまま、小さく頷いた。


 その様子を見た滝は、ゆっくりと身体を起こした。

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