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第84話 残された仮説

 王都――司法省。


 重厚な石造りの建物の一角。


 ミヤーノの執務室には、重苦しい空気が漂っていた。


 窓の外では夕暮れが近づいている。


 赤く染まり始めた光が、机の上の書類を照らしていた。


 その中央で、滝は静かに椅子へ腰掛けている。


 向かいにはミヤーノ。


 横にはコーナンとサカン。


 そして部屋の隅には、まだ顔色の悪いジンが座っていた。


 痩せている。


 頬はこけ、目の下には濃い隈が浮かんでいた。


 それでも意識ははっきりしている。


 滝はジンを見る。


 「とりあえず、お前は司法省の保護下に入る」


 ジンが顔を上げる。


 「で、でも……」


 掠れた声だった。


 「俺はモナのところに帰らないと……」


 その言葉に、滝は静かに首を振る。


 「気持ちは分かる」


 「だが今戻れば、お前は消される可能性が高い」


 部屋の空気が重くなる。


 ジンの顔が強張った。


 滝は続ける。


 「お前たちを集めていた連中は、証拠を消すためなら平気で人を殺す」


 「スオウで消されたボウブもそうだ」


 「集められた職人たちもまとめて始末された」


 ジンが唇を噛む。


 震える手が膝の上で握られる。


 「お前が生きていると知られれば、また狙われる」


 「だから、今は隠れるしかない」


 沈黙。


 やがてジンは、小さく頷いた。


 「……分かった」


 ミヤーノが深く息を吐く。


 「まさか、ここまでとはな……」


 コーナンも険しい顔のまま黙っている。


 サカンだけが、腕を組んで低く呟いた。


 「口封じのために、職人ごと処分かよ」


 部屋の空気は重い。


 だが――。


 滝だけは冷静だった。


 机の上に置かれた王都周辺の地図へ視線を落とす。


 そして静かに口を開いた。


 「いや、収穫はあった」


 全員の視線が滝へ集まる。


 ミヤーノが眉をひそめた。


 「……収穫だと?」


 「ああ」


 滝は指先で机を軽く叩いた。


 「これで、火薬を少量ずつ持ち込んで集積したという仮説は崩れた」


 コーナンが顔を上げる。


 滝は続ける。


 「集められていた職人の数が多すぎる」


 「運搬規模も大きい」


 「人目を避けて少しずつ運ぶ程度じゃ無理だ」


 「もっと大規模に、人も物も動いている」


 サカンの目が細くなる。


 「つまり?」


 滝はゆっくり答えた。


 「誰かが通している」


 沈黙。


 ミヤーノの表情が固まる。


 滝はさらに続ける。


 「王都へ大量の火薬と職人を運び込める立場」


 「検問を通過できる権限」


 「運搬記録を誤魔化せる人間」


 一拍置く。


 「特権階級の協力者がいる」


 部屋の空気が変わった。


 コーナンが低く呟く。


 「……貴族か」


 「あるいは軍か、官僚か」


 滝は静かに頷く。


 「どちらにせよ、その線で洗うしかない」


 ミヤーノが苦い表情を浮かべた。


 「下手をすれば、貴族全員を敵に回すぞ」


 滝はミヤーノを真っ直ぐ見た。


 「だからこそです」


 静かな声だった。


 「考えることをやめたら、奴らの思う壺になる」


 誰も口を開かない。


 滝はゆっくり続けた。


 「どうするかを考える」


 「それが、治安を預かる者の仕事です」


 その言葉には、不思議と重みがあった。


 ミヤーノたちは黙って滝を見つめる。


 その時だった。


 ふいに。


 滝の視界が揺れる。


 「……っ」


 頭の奥が熱い。


 耳鳴りがする。


 急に血の気が引いていく。


 机の文字が滲む。


 ここ数日、まともに眠った記憶がなかった。


 ノオダ。


 セキ。


 ガナト。


 王都爆破事件。


 救助活動。


 司法省での連日の事情聴取と報告。


 張り詰めていた緊張が、一気に身体へ押し寄せる。


 (まずい――)


 そう思った瞬間。


 体が傾いた。


 「タキ殿!」


 コーナンが立ち上がる。


 次の瞬間。


 滝の身体は、そのまま机へ崩れ落ちた。


 鈍い音が、静かな執務室に響いた。

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