第83話 傷の男
救護所は、焼け跡近くの広場へ急ごしらえで設けられていた。
負傷者が絶え間なく運び込まれ、そのたびに医師たちの怒号が飛ぶ。
呻き声。
薬草の匂い。
湯を沸かす音。
慌ただしく動き回る医者と助手たち。
その一角。
瓦礫の下から救出された男――ジンもまた、簡易寝台へ寝かされていた。
「骨折はしておるが、命に別状はない」
老医師が汗を拭いながら言う。
「火傷も軽い方じゃ」
滝は小さく頷いた。
その横で、ミネーが木椀を差し出す。
「温かいスープです」
ジンはまだぼんやりしていたが、震える手で椀を受け取った。
ゆっくりと口をつける。
一口。
そして、二口。
しばらくして、ようやく表情に少しだけ生気が戻った。
「……うまい」
掠れた声だった。
ミネーがほっと息をつく。
その様子を少し離れた場所で、サカンが腕を組んで見ている。
黒い司法官服のまま、無言だった。
滝はジンの様子を見届けてから、静かに口を開いた。
「モナさんが、ずっとあなたを探していた」
ジンの目が大きく開く。
「……モナ?」
「ガナトで会った」
コーナンも横から言葉を続ける。
「あなたは行方不明として扱われていた」
「奥方も、ずっと心配されていた」
ジンは呆然としていた。
そして、ゆっくりと俯く。
「……生きてたのか、あいつ」
その声は震えていた。
滝は腕を組む。
「何があった」
しばらく沈黙が続いた。
やがて。
ジンは重い口を開いた。
「俺は……セキで鉄砲鍛冶をやってた」
滝とコーナンが視線を合わせる。
「ある日、総督府の補佐官が来たんだ」
「チョウって男だった」
その名に、コーナンの表情が険しくなる。
後ろで聞いていたサカンの目も細くなった。
「ガナトで政府の仕事があるって言われた」
「国家機密だから、家族にも内容は話すなって」
「その代わり、かなりの金を出すと」
ジンは苦く笑った。
「三ヶ月くらいで帰れるとも言われた」
ミネーが小さく目を伏せる。
「……モナに楽をさせたかった」
「だから、ガナトへ仕事に行くってだけ伝えて出たんだ」
拳が震えている。
「でも、着いた先は仕事場なんかじゃなかった」
ジンは掠れた声で続けた。
「廃造船所だ」
「そこで監禁された」
空気が重くなる。
「壊れた銃」
「廃棄された軍用銃」
「それを毎日修理させられた」
「逆らえば殴られる」
「飯も減らされる」
ジンは唇を噛む。
「俺だけじゃない」
「鍛冶屋、木工職人、火薬職人……」
「同じように騙されて連れて来られた奴が大勢いた」
滝は静かに聞いていた。
「何のためかは聞かされてない」
「でも、現場を仕切ってた奴がいた」
ジンの目が、ゆっくり滝へ向く。
「……あんたと同じ国の人間みたいだった」
滝の眉がわずかに動く。
「顔に大きな傷がある男だ」
「デカくて……目つきの鋭い男だった」
空気が変わる。
「周りの奴らは、そいつを”仁”って呼んでた」
その瞬間。
滝の脳裏に、一枚の指名手配書が浮かぶ。
佐田仁。
日本で多数の凶悪事件に関わった男。
そして――滝が追っていた犯罪者の一人。
滝の目が細くなる。
「……やっぱり来てたか」
コーナンが低く尋ねる。
「心当たりが?」
「ある」
短く答えた。
だが、それ以上は言わない。
サカンが静かに口を開く。
「その”仁”という男」
「かなりの危険人物と見てよろしいのですな」
滝は小さく頷いた。
「ああ」
「俺の知る限り、最悪の部類だ」
救護所の空気がさらに重くなる。
ジンは続けた。
「ある日、突然言われたんだ」
『ここは終わりだ』って」
「銃も資材も火薬も、全部船へ積み込まされた」
「それで、キンリュウ川を登った」
「王都の近くまで来たところで、目隠しされて……」
ジンは苦しそうに息を吐く。
「気づいたら、王都の倉庫だった」
滝とコーナンが真剣な表情になる。
「そのあと、チョウが来た」
『荷物を運べば解放してやる』って」
「俺たちは、王都のあちこちにある指定された倉庫や建物へ、火薬を運ばされた」
ジンの声が震える。
「でも……途中で気づいたんだ」
「このまま生かして帰す訳がないって」
誰も口を挟まない。
「だから、見張りの目を盗んで逃げた」
「近くの倉庫へ隠れたんだ」
ジンは青ざめた顔で続ける。
「そこで、外の様子を見てた」
「そしたら……」
喉が鳴る。
「火薬を運ばされた職人たちが集められてた」
「見張り役も一緒だった」
空気が凍る。
「そこへ、仁とチョウが来た」
ジンの指が震えていた。
「……殺したんだ」
「全員」
ミネーが息を呑む。
「ボウガンで」
「それにナイフで」
「見張り役まで」
救護所の空気が静まり返る。
「それから、火薬の箱のところへ蝋燭を置いて……」
滝の目が細くなる。
「……簡易の時限発火装置か」
サカンが視線を向けた。
滝は静かに続ける。
「蝋燭が燃え尽きる時間を利用したんだ」
「火が火薬へ届く頃には、自分たちは十分逃げられる」
「ボウガンを使ったのは、火薬へ引火する危険を避けるためだ。それに音もしない」
コーナンが低く唸る。
「計画的ということですか」
「ああ」
滝は焼け跡の方を見る。
「最初から、証拠ごと消すつもりだった」
ジンは震える声で続けた。
「怖くて動けなかった」
「そのまま隠れてた」
一拍。
「そしたら……」
身体が小さく震える。
「突然、ものすごい爆発が起きた」
「俺は……そこで気を失った」
誰も、すぐには言葉を発せなかった。
救護所の外では、まだ焼け跡から白い煙が上がっている。
その向こうで。
滝は静かに目を細めた。
――佐田仁。
あの男は、確かにこの王都へ来ていた。




