第80話 仮説
司法省。
夜明けを迎えた王都とは対照的に、その建物の中には重い緊張が漂っていた。
ミヤーノの執務室へ入った瞬間、滝は小さく目を細める。
机の上には大量の書類。
地図。
報告書。
そして、ほとんど手の付けられていない冷えた茶。
ミヤーノの目の下には薄く隈が浮かび、軍服にも一晩着続けた皺が残っていた。
この男も、眠っていないのだろう。
「ご苦労でした」
ミヤーノが静かに言う。
その横にはサカンの姿もあった。
コーナンが敬礼する。
「王城内は?」
滝が先に尋ねる。
ミヤーノが答えた。
「その後、大きな混乱はありません」
「陛下、皇女殿下ともにご無事です」
「転倒などで負傷した貴族も軽傷者のみ」
「現在も近衛兵が警戒を継続しています」
滝は小さく頷いた。
皇帝もハギーも無事。
少なくとも、敵の第一目標は達成されていない。
「そちらは」
ミヤーノが視線を向ける。
滝は椅子へ腰掛けながら答えた。
「南区画の火災は鎮火しました」
「ですが、被害は大きい」
コーナンが続ける。
「一帯がほぼ全焼です」
「死者数は確認中」
「安否不明者も多数います」
部屋の空気がさらに重くなる。
ミヤーノは机上の地図へ目を落とした。
「……やはり、ただの火災ではありませんな」
滝も頷く。
「あの音と爆風です」
「爆発が先にあったと考えるべきでしょう」
サカンが静かに言う。
「現場周辺に、爆発の原因となる施設は?」
滝がコーナンを見る。
コーナンは首を振った。
「木工職人や商店が多い地区です」
「火薬類を扱う施設はありません」
「軍の火薬庫も離れている」
滝は腕を組む。
「つまり、外から持ち込まれた可能性が高い」
「ですが」
コーナンが眉を寄せる。
「王都へ一定量以上の火薬を持ち込む場合、厳しく検査されます」
「許可なしでは、まず通れません」
「荷馬車も定期的に確認している」
ミヤーノも頷く。
「特に王都内は、戦後から警戒を強めております」
「大量搬入は容易ではない」
滝は黙り込む。
だが。
現実として、爆発は起きた。
しかも、王都中心部で。
「……でも火薬は使われた」
静かに言う。
「なら、そこから考えるしかない」
部屋が静まる。
「目撃証言は期待しにくいでしょう」
「現場は壊滅的だ」
「だったら、原因から逆算する」
滝は机上の地図を見る。
「どこから運び込んだのか」
「どう隠したのか」
「どうやって警備を抜けたのか」
そして、ゆっくり三人を見渡した。
「逆に考えてください」
「自分が犯人なら――どうやって火薬を王都へ持ち込みます?」
一瞬、沈黙が落ちる。
コーナンが眉をひそめる。
「商隊に紛れ込ませる……?」
「いや、検査がある」
サカンが呟く。
「軍関係を装う?」
「それでも記録は残ります」
滝が小さく首を振る。
「『検査を突破した』んじゃない」
「最初から『検査されなかった』と考えた方が早い」
三人の視線が滝へ集まる。
やがて。
ミヤーノの目が細くなる。
「……可能性は二つ」
「一つは、少量ずつ持ち込む方法」
「時間をかけ、別々に運び込む」
「そして王都内で組み立てる」
滝は静かに頷いた。
十分あり得る。
だが――。
「もう一つは」
ミヤーノの声が低くなる。
「特権階級を利用する方法です」
部屋の空気が変わった。
「領主や高位貴族の荷は、基本的に厳しく検めません」
「戦後、多少は強化されましたが……完全ではない」
コーナンが険しい顔になる。
「つまり、貴族の荷へ紛れ込ませた可能性が?」
「ええ」
ミヤーノは静かに頷く。
「もしそうなら――」
一拍置く。
「敵は、もう王都の外にはいません」
さらに静かな声で続ける。
「王都の中にいます」
誰も言葉を発しなかった。
滝は黙って王都の地図を見つめる。
帝国の中心。
最も安全であるはずの場所。
その内部へ、敵はすでに入り込んでいる。
滝はゆっくりと地図へ視線を落とした。
「……まずは、運び込んだ方法を潰す」
「犯人は必ず痕跡を残している」




