第78話 嵐の中で
炎が夜空を赤く染めていた。
家屋が崩れ落ちる。
子どもの泣き声。
助けを求める叫び。
王都南区画は地獄になっていた。
職人や商人が多く暮らす地区。
滝たちが現場へ到着した時には、すでに数棟が炎に包まれていた。
立ち込める黒煙。
熱風が肌を焼く。
「水を回せ!」
「こっちだ、急げ!」
憲兵隊が必死に動いている。
だが、混乱は大きかった。
木造建築が密集した地区だ。
一度火が回れば、延焼は早い。
滝は周囲を見回す。
風向き。
延焼方向。
避難経路。
瞬時に頭の中で整理する。
「コーナン!」
「はっ!」
「木造建築が多い地区だ!」
「住民を風と逆方向の広場へ誘導!」
「負傷者は馬車で搬送しろ!」
「了解!」
コーナンはすぐさま部下へ向き直る。
「第三班は西通りへ!」
「井戸から水を運べ!」
「第四班は負傷者を広場へ!」
「急げ!」
憲兵たちが一斉に散っていく。
その横では、別の隊が必死に桶を運んでいた。
滝も上着を脱ぎ捨てる。
現場が混乱している以上、遠慮している場合ではない。
「そこの建物を崩せ!」
「延焼を止める!」
「でも中に人が――」
「なら確認しろ!」
「残ってるなら先に救助だ!」
怒鳴る。
迷っている時間はない。
直後。
建物が崩れ落ち、火の勢いがわずかに止まった。
悲鳴。
怒号。
熱風。
汗が目に入る。
だが、止まれない。
滝は次々と指示を飛ばした。
「子どもを優先しろ!」
「無理に荷物を持たせるな!」
「倒壊しかけた建物へ勝手に入るな!」
「二次崩落が来るぞ!」
気づけば。
周囲の憲兵たちは、自然と滝の指示に従っていた。
コーナンもまた、滝の指示を補いながら各隊へ命令を飛ばしている。
二人の指揮で、現場の混乱は少しずつ収まっていった。
空が白み始める頃。
ようやく火災は鎮火した。
焼け焦げた臭いが街へ漂う。
煙の向こうには、崩れた建物群。
通り一帯が黒く焼け焦げ、王都の景色は一変していた。
疲弊した憲兵たちが、その場へ座り込む。
滝もようやく息を吐いた。
「……ひどいな」
コーナンが険しい顔で頷く。
「死者数は確認中です」
「ですが――」
一瞬、言葉を止めた。
「安否不明者も多数います」
滝の表情が変わる。
「何人だ」
「まだ分かりません」
「住民台帳と避難確認が追いついていない」
瓦礫の山を見る。
まだ煙が上がっている。
「……捜索隊を出すか」
滝が呟く。
コーナンも頷いた。
「ただ、建物が不安定です」
「二次崩落の危険があります」
滝は焼け跡を見つめる。
夜明けの光が、黒く焼けた街を照らしていた。
その時だった。
「コーナン隊長!」
憲兵が駆け寄ってくる。
「司法卿より伝令です!」
コーナンが振り向く。
「何だ」
「至急、司法省へ来るようにと」
「タキ殿もご一緒に、とのことです」
滝とコーナンが顔を見合わせる。
ミヤーノが、このタイミングで呼ぶ。
つまり――。
滝は立ち上がり、まだ煙の残る王都を静かに見渡した。
「……始まったな」




