第77話 花婿候補
王城の大広間では、今も優雅な音楽が流れていた。
貴族たちの談笑。
煌びやかな灯り。
磨き上げられた床。
その光景を、宮廷絵師が静かに描いている。
まるで別世界だ、と滝は思う。
その中心で。
レイスは相変わらず自然な笑みを浮かべていた。
「……失礼」
レイスが、ようやく滝へ視線を向ける。
「ご挨拶が遅れました」
優雅な所作で一礼する。
「レイス・オウカ侯爵です」
滝も軽く頭を下げた。
「タキです」
「日本から来られたとか」
「まあ、そんなところです」
レイスは微笑んだまま滝を見る。
穏やかな目だ。
だが、その奥では何かを測っている。
「殿下やミネー嬢とは、随分親しいご様子だ」
「旅を共にしてましたからね」
「なるほど」
レイスは酒杯を傾ける。
「今後も、殿下方のお側でお過ごしになるのでしょうか」
「どうでしょう」
滝は肩をすくめた。
「成り行きですね」
周囲の貴族たちも、さりげなく耳を傾けている。
皇女の側にいる日本人。
しかもミネーと親しい。
社交界で気にならないはずがなかった。
レイスは笑みを崩さない。
「タキ殿ほどの人物なら、どこへ行っても歓迎されるでしょう」
「買い被りですよ」
「いえ」
レイスは静かに続ける。
「少なくとも、殿下とミネー嬢は信頼している」
一瞬。
ミネーの表情が少しだけ硬くなった。
滝はそれを見逃さない。
――探ってるな。
遠回しだが。
レイスは確認している。
滝とミネーの関係を。
その時だった。
周囲の空気がざわつく。
「クガー公……」
「おい、まさか」
人波が自然に割れていく。
重い足音。
巨大な影。
現れた瞬間、場の空気が変わった。
現れたのは、クガー公だった。
黒を基調とした礼装。
肩には金糸の刺繍。
年齢を感じさせぬ威圧感。
まるで戦場から、そのまま歩いてきたような男だった。
流石のレイスも即座に頭を下げる。
「クガー公」
「うむ」
クガーは短く頷く。
そして、その鋭い目が滝へ向いた。
「楽しんでおるか、日本の憲兵殿」
「肩が凝ってますよ」
滝が返すと、クガーは豪快に笑った。
「はっはっは!」
「まあそうであろうな!」
周囲の貴族たちが息を呑む。
クガーが、ここまで砕けた態度を取る相手は珍しい。
クガーはレイスへ視線を向けた。
「紹介しておこう」
「こちらはレイス・オウカ侯爵」
「帝室の血を引く御方だ」
レイスが静かに会釈する。
クガーは悪びれもせず続けた。
「ミネー殿の花婿候補でもある」
「……は?」
滝の声が漏れた。
一瞬遅れて、ミネーの表情がわずかに曇る。
「……そのようなお話は、今は」
どこか困ったような声音だった。
レイスも苦笑する。
「失礼」
「今宵の席には相応しくありませんでしたね」
周囲の貴族たちは、どこか面白そうに様子を見ている。
滝は無言で酒を飲み干した。
クガーがそれを見て、口元を歪める。
絶対わざとだった。
その時。
――ドォン!!
腹へ響く轟音が、夜を揺らした。
大広間の窓が震える。
次の瞬間。
王都の町側が、白い閃光に染まった。
祝賀会の空気が、一瞬で凍りついた。
それは祝砲ではなかった。




