第76話 祝宴と視線
王都カスミ、中央大神殿。
白い石柱が天高く並び、色鮮やかな紋章旗が静かに揺れていた。
厳かな鐘の音が響く。
帝国皇女ハギーの成人祝賀の儀。
王都中の貴族や高官たちが集う、大式典だった。
赤い絨毯の上を、ハギーがゆっくりと歩いていく。
純白の礼装。
金糸で刺繍された外套。
胸元には皇族を示す宝飾。
普段の柔らかな雰囲気とは違う。
帝国皇女としての威厳があった。
滝は思わず目を細める。
「……すげぇな」
隣のコーナンが小さく笑った。
「田舎の祭りとは別物でしょう」
「比較対象が悪い」
滝は苦笑する。
少し離れた場所では、黒服姿のサカンが無表情のまま周囲へ目を配っていた。
祝賀儀式とはいえ、警戒は解かれていない。
国家転覆の火種は、まだ消えていないのだ。
神官たちの祈りが響く。
巨大なステンドグラスから差し込む光が、ハギーを照らしていた。
やがて儀式は滞りなく終わりを迎える。
そして夜。
王城の大広間では、盛大な祝賀会が開かれていた。
無数のシャンデリア。
磨き上げられた床。
楽団の演奏。
色とりどりの礼装を纏った貴族たち。
豪奢という言葉が、そのまま形になったような空間だった。
滝は場違い感を隠そうともせず、壁際で酒杯を傾ける。
「肩凝るな、ここ」
「その割には堂々としておりますわね」
声に振り返る。
そして滝は、一瞬言葉を失った。
ミネーだった。
深い紺色のドレス。
肩へ流れる銀髪。
首元には小さな宝石が光っている。
普段の旅装とはまるで違う。
洗練された貴族令嬢そのものだった。
滝は一瞬だけ見惚れた。
旅装姿しか見ていなかった。
同じ人物とは思えないほど、美しかった。
「……どうされました?」
ミネーが小さく首を傾げる。
滝は数秒遅れて口を開く。
「いや」
「その……似合ってますよ」
ミネーが一瞬だけ目を丸くした。
やがて視線を逸らし、ほんの少し口元を緩める。
「ありがとうございます」
その声音は、どこか嬉しそうだった。
だが次の瞬間。
「タキ殿」
「その制服は貴国の正装なのですかな?」
「腕の紋章には、どういった意味が?」
「やはり軍人でいらっしゃる?」
貴族たちが次々と滝へ集まってきた。
皇帝自ら謁見を許され、皇女殿下が客人として迎えた異国の使者。
社交界の注目を集めないはずがなかった。
滝は露骨に嫌そうな顔をする。
「うわ……来た」
ミネーが小さく笑った。
貴族たちの視線は好奇心に満ちている。
皇女殿下の側にいる、日本という国から来た謎の男。
滝は曖昧な笑みを浮かべながら受け流す。
「一応、正装ですよ」
「まあ、こっちじゃ浮いてますけどね」
質問は途切れない。
「その紋章は家紋のようなものですかな?」
「日本という国は、やはり武人の国なのですか?」
「酒はお強いので?」
滝は適当に笑いながら話を逸らしていく。
捜査情報を軽々しく話さない癖は、元の世界にいた頃から身についていた。
もっとも。
今は事件の話より、自分自身への興味の方が強いようだった。
笑っている。
だが、その目は値踏みするようでもある。
肩書。
家柄。
腹の探り合い。
昔いた組織の上層部を思い出す空気だった。
その時。
「ミネー嬢」
柔らかな男の声が響く。
滝が視線を向ける。
一人の青年貴族がミネーへ歩み寄っていた。
白銀の礼装。
細身の長身。
整った顔立ち。
周囲の貴族たちが自然に道を空けている。
かなり高位の貴族なのは一目で分かった。
青年は優雅に微笑む。
「今宵も大変お美しい」
「殿下の側近として忙しくされていると聞いております」
ミネーは礼儀正しく微笑み返す。
「ありがとうございます、レイス様」
だが、その笑みは少し硬い。
レイスと呼ばれた青年は、そのまま自然な距離感でミネーの隣へ立つ。
「久しぶりにお話できて嬉しいですよ」
「以前より、更に綺麗になられた」
滝は無言で酒を飲む。
少し離れた場所では、コーナンが面白そうにこちらを見ていた。
「ありゃ面倒そうですね」
「他人事みたいに言わないでくださいよ」
滝が返すと、コーナンは肩をすくめる。
ミネーは少し困ったように笑った。
「本日は殿下のお祝いの席ですので」
「そのようなお話はまた後日」
「はは、これは失礼」
レイスは爽やかに笑う。
悪意はない。
むしろ洗練された好青年だ。
だが――少し鼻につく。
その時だった。
ミネーが、ほんの一瞬だけ滝へ視線を向けた。
助けを求めるような目だった。
そして。
レイスもまた、その視線に気づく。
青年貴族の目が、ゆっくりと滝へ向けられる。
笑みは崩れない。
だが、その視線だけが静かに滝を値踏みしていた。




