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第74話 カンク17世

 王城へ到着したその日の午後。


 滝は、豪奢な控室へ通されていた。


 赤い絨毯。


 金細工の柱。


 窓の外には広大な庭園まで見える。


 どう考えても、自分のような人間が座る場所ではない。


「落ち着きませんね……」


 滝が呟くと、向かいに座るコグシーが鼻を鳴らした。


「すぐ慣れる」


「いや、慣れたくないですよ、こんなの」


 その時だった。


 部屋へ司法卿ミヤーノが入ってくる。


 後ろにはハギーとミネーの姿もあった。


 ミヤーノは椅子へ腰を下ろすと、静かに切り出した。


「タキ殿」


「これから皇帝陛下との謁見になりますが、その前に一つ問題があります」


「問題?」


「あなたの身分です」


 滝は苦笑した。


「やっぱり、そこですよね」


 素性不明の中年男が、いきなり皇帝へ謁見など普通ならあり得ない。


 どこの誰とも分からない外国人を、そのまま王城へ通すようなものだ。


 まして、自分は警部程度の人間でしかない。


 ミヤーノは続ける。


「そのままでは、貴族達が黙っておりません」


「かといって、功績を無視する訳にもいかない」


「そこで――」


 一拍置く。


「海の向こうから来た使者、ということにします」


「……使者?」


 滝が眉を上げる。


 ミヤーノは頷いた。


「この大陸の外には、まだ未知の国があると考えられております」


「造船技術も帆船程度。外洋航海も未発達です」


「そのため、遠国との交流は極めて少ない」


 確かに、この世界では海を越えた交易自体が珍しいらしい。


 まして、国家単位の正式な交流など、ほとんど存在していない。


「そこで」


 ミヤーノが続ける。


「タキ殿は、“ニホン”という国から視察と研修を兼ねて訪れていた使者」


「しかし船が難破し、唯一の生存者として漂着した」


「……なるほど」


 滝は思わず感心した。


 嘘ではない。


 かなり本当だ。


「無理がありますか?」


 ハギーが少し不安そうに聞く。


「いや」


 滝は苦笑する。


「下手に説明するより、よっぽど自然ですよ」


 ミネーがくすっと笑った。


「タキ様は、どう説明しても変な人ですものね」


「一言多いなあ」


 部屋の空気が少し和む。


 ミヤーノは立ち上がった。


「では、その設定で通します」


「異国からの大切な客人として扱われますので、堂々としていてください」


「堂々と、ねえ……」


 滝はため息を吐いた。


 数時間後。


 滝は、ハギー達と共に王城の奥へ進んでいた。


 高い天井。


 巨大な柱。


 壁一面の装飾。


 豪奢という言葉では足りないほどだった。


 やがて、巨大な扉が開く。


 その先には――


 謁見の間。


 左右には近衛兵。


 さらにコグシーやミヤーノを始めとする大臣、高級貴族たちが整然と並んでいる。


 空気が重い。


 サカンやコーナンの姿はない。


 まだ謁見へ同席できる立場ではないのだろう。


 滝は少し納得した。


 警部程度の自分が、本来なら立ち入れる場所ではない。


 視線が集まる。


 貴族達の視線は、ほとんど滝へ向いていた。


 好奇。


 警戒。


 侮蔑。


 値踏み。


 様々な感情が混ざっている。


 だが、滝は意外と落ち着いていた。


 この世界の常識も礼法も知らない。


 だが逆に言えば、この世界の人間ではない。


 そして、やましいこともしていない。


 だから堂々としていればいい。


 やがて、最奥。


 玉座が見えた。


 玉座には、一人の男が腰掛けている。


 そこに座る男を見た瞬間――


 滝は思わず息を呑む。


 大柄な男だった。


 鋭い目。


 顔に走る刀傷。


 獅子のような髭。


 圧倒的な威圧感。


 カンク十七世。


 なるほど。


 いかにも皇帝だ。


 ハギーが前へ進み、うやうやしく跪く。


「皇帝陛下」


「この度、成人の儀を無事終え、帰還いたしました」


 玉座の男は静かに頷く。


「ご苦労だった」


 低く、腹に響くような声だった。


 ハギーは続ける。


「そして陛下」


「海の向こう、“ニホン国”より参られた使者をお連れしております」


 謁見の間にざわめきが走る。


 貴族達が一斉に滝を見る。


 侍従が、うやうやしく声を張った。


「ニホン国より参られた――」


「タキ・イチロウ警部」


 空気が変わった。


 当然ながら、誰も“警部”が何なのか分からない。


 だが、この場で皇帝へ謁見を許される以上、それ相応の身分なのだろう――そんな空気が自然と広がっていく。


 滝は内心で少し笑った。


 ある意味、作戦勝ちだった。


 滝は前へ進み、静かに頭を下げる。


「遠国より、よく参られた」


 カンク十七世が言う。


 短い言葉。


 だが、それだけだった。


 滝も軽く頭を下げ返した。


「恐縮です」


 そのまま皇帝の鋭い視線が滝へ向く。


 真正面からぶつかる視線。


 まるで値踏みされているようだった。


 だが、不思議と嫌な感じはしない。


 むしろ――


 数多くの修羅場を見てきた者の目に思えた。


 数秒。


 沈黙が続く。


 そして。


「下がってよい」


 その一言で、謁見は終わった。


 滝は少し拍子抜けした。


 もっと色々聞かれるかと思っていた。


 謁見の間を退出しながら、小声で呟く。


「思ったより、あっさりでしたね」


 コグシーが苦笑する。


「陛下は無駄を嫌う」


「なるほど」


 その後。


 滝は侍女達に案内され、客人用の浴場へ通された。


「どうぞ、ごゆっくりお寛ぎください」


 扉が閉まる。


 広い。


 そして湯気が立ち込めている。


「……風呂だ」


 滝は思わず呟いた。


 異世界へ来てから、まともな湯船など久しぶりだった。


「生き返る……」


 湯へ沈み込み、大きく息を吐く。


 その時だった。


 浴場の扉が、静かに開いた。


 滝は反射的に、そちらへ視線を向けた。

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