第73話 王都カスミ
カスミ橋を渡った一行は、そのまま王都へと入った。
巨大な白い城壁。
高くそびえる尖塔。
朝日に照らされた石造りの街並み。
滝は思わず窓の外へ目を奪われる。
「……すげぇな」
まるで歴史映画の世界へ迷い込んだようだった。
石畳は綺麗に整備され、水路には澄んだ水が流れている。
市場には色鮮やかな果物や布が並び、露店からは香辛料や焼いた肉の匂いが漂っていた。
荷車が行き交い、人々が笑い、子どもたちが走り回っている。
戦乱の気配は薄い。
少なくとも、この王都に限って言えば、国は豊かに見えた。
その時だった。
「殿下だ!」
「ハギー殿下がお戻りだ!」
沿道から歓声が上がる。
人々が次々と頭を下げ、手を振った。
「姫様ー!」
「お帰りなさいませ!」
「また市場にも来てください!」
兵士だけではない。
商人も、職人も、子どもたちも、皆が自然に笑顔を向けている。
滝は少し驚いた。
「……随分人気なんですね」
向かいに座るミネーが誇らしげに小さく微笑む。
「ハギー様は昔から民に慕われておりますので」
だが同時に。
沿道の視線が滝にも集まっていた。
「あのおっさん誰だ?」
「外国人か?」
「なんで殿下の馬車に乗ってるんだ?」
「護衛……じゃないよな?」
ひそひそ声が聞こえる。
滝は苦笑した。
そりゃ怪しい。
皇女の馬車に、見慣れない中年男が乗っているのだから。
だが滝は、別のことも考えていた。
これだけ皇室への支持が強く、街が繁栄している。
少なくとも王都の中心部で、大規模な反政府活動をするのは難しいだろう。
民衆の不満が爆発寸前――そんな空気ではない。
ならば敵は地方か。
あるいは、表に出ていない場所に潜んでいるのか。
滝が黙って考え込んでいると、ミネーがそっと声をかけてきた。
「そんな怖い顔をしなくても大丈夫ですわ」
「してました?」
「はい」
返事は即答だった。
ミネーは少し笑う。
「皆、タキ様を珍しがっているだけです」
「そのうち慣れます」
「だといいんですがね」
やがて馬車は王城へ続く大通りへ入った。
道幅はさらに広くなり、周囲には貴族街と思われる大邸宅が並んでいる。
そして――
王城が見えた。
「……おいおい」
滝は思わず声を漏らす。
巨大だった。
幾重もの白壁。
空へ突き刺さるような塔。
巨大な城門。
日本の城というより、ヨーロッパの宮殿と要塞を合わせたような建物だ。
馬車が城門をくぐる。
すると、整列していた近衛兵たちが一斉に槍を掲げた。
「ハギー皇女殿下、ご帰還!!」
低い号令が響く。
その奥には、多くの家臣や役人たちが並び、一斉に頭を下げていた。
だが。
やはり滝への視線は厳しい。
「あれは誰だ?」
「平民ではないのか?」
「なぜ殿下と共に……」
露骨に警戒している近衛兵までいる。
するとハギーが静かに口を開いた。
「タキ様は、わたくしの大切なお客様です」
一瞬で空気が変わる。
「無礼のないように」
家臣たちが慌てて頭を下げた。
近衛兵たちも姿勢を正す。
滝は小さく眉をひそめた。
「……なんか、余計に緊張するんですが」
隣でコグシーが吹き出す。
「諦めろ」
「今さら普通の扱いには戻れん」
その時だった。
一人の文官が足早に近づいてくる。
「殿下」
「陛下との謁見の準備が整いました」
空気がわずかに張り詰めた。
ミネーがそっと滝を見る。
ハギーは静かに頷いた。
「分かりました」
そして、滝へ向き直る。
「――タキ様」
「父が、お待ちです」
滝は小さく息を吐いた。
いよいよ、この国の頂点と向き合う時が来た。




