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第72話 王都への道

 翌朝。


 エフク村の入り口には、大勢の村人たちが集まっていた。


「殿下ー!」


「ありがとうございました!!」


「また来てください!」


 子どもたちが無邪気に手を振る。


 ヒラカは何度も頭を下げていた。


「本当に……ありがとうございました」


 その隣で、オオトが大声を張り上げる。


「今度はもっと良いもの食わすからなー!」


 村人たちがどっと笑った。


 滝も思わず吹き出す。


「随分と偉くなったな、あいつ」


「ふふっ」


 ミネーが小さく笑った。


 ハギーも馬車の窓から柔らかく微笑む。


「皆様、お元気で」


 やがて。


 隊列がゆっくりと動き始めた。


 もはや御用商人へ擬装する必要はない。


 祈祷師事件を解決したことで、一行は正式な皇族の移動隊列となっていた。


 前方には近衛兵。


 周囲を憲兵隊が固める。


 工部卿と司法卿も、王都へ戻るため隊列に加わっていた。


 昨日までの旅とは、比べ物にならない規模だ。


 沿道の村人たちは道の端へ避け、静かに頭を下げていく。


 以前のような警戒ではない。


 畏れと敬意が入り混じった視線だった。


 滝は居心地悪そうに眉をひそめる。


「……落ち着かないな」


「何がですの?」


 隣のミネーが楽しそうに聞き返す。


「周りが急に丁寧すぎる」


「外国人を見る目じゃない」


「皇女殿下の客人ですもの」


「それに今回は、実際かなりの功績ですわ」


 滝は苦笑した。


「そういうのは性に合わない」


 前方では、コーナンが騎兵へ鋭く指示を飛ばしている。


「前方警戒を広げろ」


「林へ近づきすぎるな」


 短い命令。


 騎兵たちが即座に散開した。


 その緊張感を見ながら、滝は小さく呟く。


「随分と物々しいですね」


 向かい側の席に座るコグシーが鼻を鳴らした。


「元々、大事なのだ」


「皇女殿下の御身に関わることはな」


 確かにその通りだった。


 しかも今回は、誘拐未遂だけでは終わらなかった。


 ノオダの強盗。


 セキの総督横領事件。


 ガナトの密輸船。


 そして――国家転覆の気配。


 一つ一つの事件の根が深く、どこかで繋がっていた。


 滝がこれまでを思い返していると、コグシーが少し得意げに顎を上げる。


「今回の件も見事だった」


「工部卿と司法卿を呼び寄せるという案を聞いた時は驚いたがな」


 滝は肩をすくめた。


「現地で全部説明するより、責任者を連れてきた方が早いと思っただけですよ」


 結果として、それは正しかった。


 エフク村は王都から馬で一日の距離。


 工部卿と司法卿が迅速に到着できたことで、村人への説明も、祈祷師の逮捕も一気に進んだ。


 もし到着が遅れていれば、証拠隠滅や逃亡もあり得ただろう。


 馬車が揺れる。


 しばらく沈黙が続いた後。


 ハギーが静かに口を開いた。


「タキ様」


「はい?」


「今回の旅では、本当に助けていただきました」


 ハギーはまっすぐ滝を見る。


「感謝しております」


 穏やかな声音。


 だがそこには、皇女としての重みもあった。


「わたくしとしては」


「できれば、これからもご一緒していただきたいと思っております」


 ミネーがそっと滝を見る。


 ハギーは続けた。


「ですが」


「無理強いはいたしません」


「王都へ到着後、どうされるかはタキ様の自由です」


「必要であれば、できる限りの支援はいたします」


 その言葉に、ミネーが少しだけ不安そうな表情になる。


 滝はその視線に気づきながら、小さく笑った。


「行くあてもない、得体の知れない中年にゃ、もったいないお言葉ですよ」


「まあ」


 ミネーが少しだけ頬を膨らませる。


 滝は続けた。


「ですが」


「昨日、司法卿と約束しましてね」


 ミヤーノとの会話を思い出す。


 国家転覆を目論む組織。


 見えない中枢。


 近代捜査に不慣れな憲兵隊。


 あの男は、本気だった。


「それに」


 滝は窓の外へ目を向ける。


「俺なんかでも、みんなの役に立てるなら悪くない」


「……なので」


 一拍置いた。


「王都に、お邪魔してもいいですか?」


 一瞬。


 ミネーの表情がぱっと明るくなる。


「もちろんですわ!」


 ほとんど食い気味だった。


 ハギーも柔らかく微笑む。


「歓迎いたします」


 その時だった。


 前方の近衛兵から声が響く。


「殿下!」


「カスミ橋が見えました!」


 滝は何気なく窓の外を見る。


 そして――


 目が大きく見開かれた。


「……これは」


 巨大な川。


 その上へ架けられた巨大な石橋。


 五つのアーチ。


 白い石材。


 橋脚の形。


 水流を逃がすための曲線。


 それは――。


 甘苦市にあった“五連橋”と、あまりにも似ていた。


 滝は思わず窓へ身を乗り出す。


 橋脚の角度。


 石の積み方。


 構造。


 見覚えがありすぎた。


 コグシーが少し誇らしげに笑う。


「見事な橋であろう」


「カスミ橋という」


 滝は目を離せない。


「……これ、誰が作ったんです?」


「大昔の建築家だという」


 コグシーが語る。


「大河キンリュウ川を渡るため、当時としては考えられぬ技術で築いたとか」


「その後、その建築家は突然姿を消したという」


「どこへ消えたのかは、誰も知らぬそうだ」


 滝の胸がざわつく。


 偶然――にしては出来すぎていた。


 橋を見つめる滝の横顔を、ミネーが不思議そうに見ている。


「タキ様?」


「……いや」


 滝は静かに目を細めた。


「ちょっと、昔を思い出しただけです」


 やがて馬車は橋を渡りきる。


 その先に――。


 巨大な城壁都市が姿を現した。


 白い城壁。


 無数の尖塔。


 朝日に照らされる宮殿。


 帝国の中心。


 王都カスミ。


 近衛兵たちの空気がわずかに緩む。


 だが。


 滝だけは静かに目を細めていた。


 あの城壁の向こうには。


 この国の中枢がある。


 権力。


 陰謀。


 そして――まだ見えない敵。


 滝は静かに息を吐く。


 王都カスミ。


 そこで待つ運命が、この旅の終わりではなく、新たな事件の始まりであることを、滝はまだ知らなかった。

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