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第67話 神の使いへ

 河川敷に、重苦しい静寂が落ちていた。


 王家の紋章を掲げた馬車。


 それを取り囲む近衛兵。


 村人たちは地面へ額を擦りつけるようにして、ひれ伏している。


 祈祷師たちですら青ざめていた。


 やがて、馬車の扉が静かに開く。


 最初に降りてきたのは、ハギーに付き従うミネーだった。


 白を基調とした正装。


 銀糸の刺繍。


 気品ある所作。


 昨日まで旅装だったとは思えない。


 村人たちは思わず息を呑む。


「き、綺麗……」


 誰かが思わず漏らした。


 続いて現れたのは、覆面姿の近衛兵。


 長身。


 無駄のない動き。


 腰の剣には、一切の隙がない。


 ユダだった。


 その後ろから、黒い服を着た男が降りる。


 鋭い目。


 人を値踏みするような視線。


 司法官サカンだった。


 さらに、憲兵隊将校コーナンと、その部下たちが馬車の後方から姿を現す。


 周囲へ鋭い視線を配りながら、静かに配置についていく。


 そして最後に――


 見慣れぬ黒紺色の制服の男が姿を現した。


 胸には見慣れぬ金色の階級章。


 右腕の袖には、この国には存在しない紋章のワッペン。


 滝だった。


 年季の入った眼。


 鋭い視線。


 ただ立っているだけなのに、妙な威圧感がある。


 ヒラカが思わず目を見開く。


「滝……さん?」


 宿の主人も言葉を失っていた。


 祈祷師たちも困惑している。


 昨日まで宿にいた旅人たちが、なぜ王家の行列に混じっているのか理解できない。


 そして――


 最後に、ハギーが姿を現した。


 空気が変わる。


 白と金の正装。


 王族の装束。


 陽光を受けた髪が輝いて見えた。


 村人たちは思わず見惚れる。


 その姿は、まるで絵画の中の人物のようだった。


 ハギーはゆっくりと祭壇へ歩み寄る。


 村長が震えながら頭を下げた。


「こ、皇女殿下……!」


「楽になさってください」


 ハギーは穏やかに微笑んだ。


「本日は、皆様の大切な儀式を見学させていただくだけです」


「邪魔をするつもりはありませんわ」


 祈祷師も慌てて跪く。


「こ、このような辺境の村へ、殿下自らお越しくださるとは……!」


「続けてくださいませ」


 ハギーは優雅に頷いた。


「いつも通りに」


 だが、“いつも通り”などできるはずもなかった。


 祈祷師は額に汗を浮かべながら祭壇の前へ立つ。


 付き人たちも妙に緊張している。


 鈴が鳴る。


 胡散臭い笛が響く。


 祈祷師は杖を振り、聞き取れない呪文を唱え始めた。


 だが昨日までの尊大さは消えていた。


 村人たちも、そんな祈祷師を不思議そうに見ている。


 やがて。


 祈祷師は慌てたように両手を広げた。


「こ、これにて祈祷は終わりである!」


 付き人たちが供物へ近づく。


 そそくさと運び出そうとした、その時。


「待て」


 低い声が響いた。


 滝だった。


 祈祷師たちが足を止める。


 滝はハギーの隣へ歩み寄ると、軽く頭を下げた。


「殿下が、お聞きになりたい」


「その供物をどうするのか、と」


 祈祷師は慌てて笑顔を作った。


「こ、これは川の神へ捧げられた供物」


「我ら祈祷師が、祈祷料として責任を持ってお預かりいたします」


 村人たちの間に、重い沈黙が流れる。


 何人かが目を伏せた。


 拳を握る者もいる。


 だが誰も口を開かない。


 ハギーは静かに滝へ顔を寄せ、小声で何かを告げた。


 滝はわざとらしく目を見開く。


「……なんと」


 ハギーも目を丸くし、小さく頷く。


「まあ、本当ですの?」


 滝は祈祷師へ向き直った。


「殿下は、村の平穏を守ってもらうには、その供物では少ないのではないかと仰せだ」


 祈祷師の顔が明るくなる。


「おお……!」


 滝は続ける。


「本日の儀式見物への礼として、殿下も供物を寄進したいとのことだ」


 村人たちがざわついた。


 祈祷師は顔を綻ばせる。


「さ、さすがは皇女殿下!」


「川の神も大いにお喜びになりましょう!」


 その時だった。


 滝が突然、ハギーの前へ片膝をついた。


 近衛兵たちが一斉に頭を垂れる。


「ですが殿下」


 滝は真顔で言う。


「それほどの供物を捧げるならば、川の神へ事前にお伝えする必要があります」


 ハギーが頷いた。


「確かに」


「神に失礼があってはいけませんもの」


 そして不思議そうに首を傾げる。


「ですが、どうやって川の神へお伝えすればよいのでしょう?」


 滝は静かに祈祷師へ視線を向けた。


「祈祷師殿は神の使い」


「当然、直接お話ができるのでしょう」


 一瞬。


 祈祷師の笑みが固まった。


 滝は続ける。


「ですので殿下」


「祈祷師殿へ、“川の神への伝達”を下命なされてはいかがでしょう」


 ハギーはぱっと表情を明るくした。


「まあ、それは妙案ですわ!」


「では、お願いしますね」


 嬉しそうに祈祷師へ微笑みかける。


 祈祷師たちは完全に固まっていた。


「……え」


「いや、その……」


 その瞬間。


 サカンが静かに前へ出る。


 黒服の司法官。


 冷たい目。


 さらにコーナン率いる憲兵たちが左右へ展開した。


 逃げ道を塞ぐように。


 祈祷師たちの顔から血の気が引いていく。


 河川敷に、重苦しい沈黙が落ちた。


 祈祷師の額から、一筋の汗が流れ落ちる。


 誰もが、次に何が起こるのかを息を呑んで見守っていた。

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