第66話 祈りの日
翌朝。
キンリュウ川の河川敷には、大勢の村人が集められていた。
川沿いに組まれた木の祭壇。
白布で飾られ、その上には大量の供物が積み上げられている。
麦。
野菜。
酒樽。
干し肉。
銀貨。
さらには、古びた指輪や首飾りまであった。
村人たちは、その光景を黙って見つめている。
誰も口を開かない。
だが、その目に宿るのは、誇りでも信仰でもない。
諦めと、不安だった。
祭壇の前では、村長らしき老人が何度も頭を下げている。
「……毎年、これか」
人混みの中で、誰かが小さく漏らした。
「税の他に、これだけ持っていかれたらな……」
「聞こえるぞ」
隣の男が慌てて制する。
すぐに周囲を見回した。
――聞かれたらまずい。
そんな空気が、村全体に染みついていた。
ヒラカはオオトと並び、祭壇を見つめていた。
その手には、小さな袋がある。
昨夜、ハギーたちが半ば強引に持たせた供物用の銀貨だった。
『考えがありますの』
ハギーはそう言っていた。
ヒラカは最後まで拒んだ。
だが結局、押し切られた。
おかげで、今日を乗り切ることはできる。
少なくとも――今は。
だが。
(滝さんたちは……)
昨夜遅く、旅支度を整えると言って宿の裏口から姿を消したまま、まだ戻っていない。
何をするつもりなのか。
教えてはもらえなかった。
少しだけ不安を覚えながら、ヒラカは視線を落とす。
その時だった。
チリン――
鈴の音が響く。
村人たちが一斉に身を固くした。
祈祷師たちだ。
白と青の派手な法衣。
大袈裟な杖。
後ろには粗暴な付き人たち。
祈祷師は祭壇へ近づくと、供物の山を見て満足そうに口元を歪めた。
「うむ……」
「今年も川の神はお喜びになろう」
付き人たちが胡散臭い笛を鳴らし始める。
祈祷師は両手を広げ、意味不明な呪文を唱え始めた。
村人たちは不安そうに俯く。
その姿を見ながら、祈祷師の目だけが笑っていた。
やがて付き人の一人が前へ出る。
「これより、神聖なる祈祷を――」
その時だった。
ドドドドドッ――!
地面を震わせる馬蹄の音。
村人たちが一斉に振り返る。
街道の向こうから、騎馬の一団が駆けてきていた。
銀の鎧。
槍旗。
統一された隊列。
「な……」
「近衛兵……?」
村人たちがざわめく。
こんな田舎の村で見る存在ではない。
近衛兵たちは河川敷へ到着すると、一斉に周囲へ展開した。
村人たちは慌てて道を空ける。
祈祷師たちの顔色も変わっていた。
「村長!」
兵士の一人が鋭く叫ぶ。
村長が慌てて前へ出る。
「は、はい!」
近衛兵は馬上から高らかに告げた。
「皇女ハギー殿下」
「皇帝補佐官・侍従長コグシー伯爵」
「ならびに、ご令嬢ミネー様がご巡察中である」
村人たちがどよめく。
「此度、殿下はこの村で執り行われる”平穏を祈る儀式”に深い関心を示され、ご視察なされる」
一瞬。
河川敷の空気が止まった。
そして――
街道の向こうから、一台の豪奢な馬車がゆっくりと姿を現す。
白い車体。
金細工が施された窓枠。
扉には、王家の紋章が輝いていた。
近衛兵に守られながら、その馬車は静かに祭壇の前へ進んでくる。
村人たちは次々とひれ伏した。
祈祷師たちですら慌てて頭を垂れる。
やがて。
馬車が静かに止まる。
そして――
王家の紋章が刻まれた扉が、ゆっくりと開いた。




