第62話 遠ざかる港
ガナトの騒動は、一応の決着を迎えた。
廃造船所からは、大量の木箱が運び出されていく。
油紙に包まれた銃。
解体途中の弾薬。
帳簿や偽造通行証。
港には、重苦しい空気が漂っていた。
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黒服の司法官サカンは、憲兵隊の報告書へ無表情に署名を入れていく。
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その横では、縄を打たれた男たちが次々と荷馬車へ押し込まれていた。
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西地区代表代理ジロウタも、その一人だった。
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廃造船所の不正利用。
密輸への加担。
違法武器の隠匿。
反乱計画への関与。
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数々の罪状が認められ、正式に裁判へかけられることとなった。
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だが――。
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すべてが終わったわけではない。
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顔に傷のある男。
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そして、セキの総督補佐官チョウ。
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あの二人が乗った密輸船は、未だ発見されていなかった。
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海のどこかへ消えたままだ。
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さらに調べが進むにつれ、事件の全体像も見えてきた。
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ノオダの下士官。
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セキの総督。
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ジロウタ。
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それぞれ立場は違う。
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だが結局は――誰もが駒だった。
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背後には、さらに大きな流れがある。
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各地で武器と食料を集め。
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不満を抱えた者たちを煽り。
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戦の火種をばら撒く。
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狙いは、政府の転覆。
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ガナトも、その一部に過ぎなかった。
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「……随分と手が広いな」
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滝が低く呟く。
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コグシーは苦々しい顔で頷いた。
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「港町一つ潰して終わる話ではない、ということだ」
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そして今になれば分かる。
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ハギーの誘拐未遂もまた、偶然ではない。
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決起の際、王家へ揺さぶりをかけるための交渉材料。
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最初から、そのつもりだったのだろう。
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東地区の屋敷。
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報告を聞き終えたコグシーは、静かに目を閉じた。
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やがて侍従を呼び寄せる。
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「早馬を出せ」
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低い声だった。
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「皇帝陛下へ急報する。この件は、もはや地方だけで抱え込める話ではない」
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その日のうちに使者が立った。
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早馬に乗せられた密書は、王都カスミへ向けて運ばれていく。
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反政府勢力の存在。
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武器の流通。
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セキ側との繋がり。
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そして、未だ逃亡中の首謀者たち。
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事態は、すでに港町ひとつの騒動ではなくなっていた。
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数日後。
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滝たちは、王都へ向けてガナトを発つことになった。
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港には朝靄が漂っている。
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潮の匂い。
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遠くで響く船の軋み。
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いつも通りの朝。
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だが、この街の裏側に何が潜んでいたのかを、滝は知ってしまった。
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見送りに来ていたのは、ジュノとモナだった。
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その少し後ろで、ミリが小さく手を振っている。
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「……本当に行くんだね」
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モナが小さく呟く。
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滝は静かに頷いた。
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「王都でも、ジンのことは調べる」
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モナは唇を噛む。
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不安は消えていない。
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それでも以前より、ほんの少しだけ表情は落ち着いていた。
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ジュノが煙草を咥えながら言う。
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「モナはこっちで預かる。安心しな」
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「ありがとうございます」
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滝が頭を下げると、ジュノは肩をすくめた。
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「礼を言うのは、ジンを連れ戻してからにしな」
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その言葉に、モナは小さく頷く。
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ミリも笑顔で手を振った。
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やがて馬車が、ゆっくりと動き出す。
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ガナトの港町が、少しずつ遠ざかっていく。
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滝は最後に一度だけ、海の向こうを見た。
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傷の男。
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チョウ。
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消えた密輸船。
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廃造船所で見た火は、確かに消えた。
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だが――。
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火種そのものは、まだどこかで燻り続けている。
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滝は港の景色を静かに目に焼き付けた。
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潮の匂い。
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船の軋み。
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人々の営み。
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そして、その裏で動く者たち。
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――ガナトの事件は終わった。
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だが、本当の戦いはまだ始まったばかりだった。




