第60話 寝室
重い扉が開く。
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その瞬間――
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空気が流れ出た。
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湿っている。
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汗。
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薬。
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そして――
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長く閉じ込められていた臭い。
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滝は思わず眉をひそめた。
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静かに部屋を見る。
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窓は大きい。
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だが――
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分厚いカーテンで閉ざされている。
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昼だというのに、夜のように暗い。
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中央。
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大きなベッド。
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そして――
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「……っ」
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コーナンが息を呑む。
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ベッドの上。
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痩せ細った老人。
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両手。
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両足。
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革紐で拘束されていた。
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頬はこけ、
肌は青白い。
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だが――
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生きている。
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滝がすぐに近づく。
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首筋に手を当てる。
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静かに。
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脈を確認する。
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数秒。
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そして――
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「生きてる」
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短く言う。
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その瞬間。
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ジュノが動いた。
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腰のナイフを抜く。
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迷いなく拘束を切る。
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革紐が落ちる。
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その後ろで――
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「くっ……!」
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ジロウタが逃げようとする。
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だが。
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北の代表が肩を掴む。
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南の代表が腕を捻り上げる。
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逃げられない。
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完全に。
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「離せ!」
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叫ぶ。
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だが――
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誰も聞かない。
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その時。
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ベッドの老人が、ゆっくり目を開けた。
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濁っている。
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だが――
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意識はある。
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「……ジュノ、か」
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かすれた声。
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ジュノの目が細くなる。
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「無様だな、ロウタ」
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ロウタが、わずかに笑う。
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「……お互い歳だ」
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静かな空気。
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だが――
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そこには、長い年月があった。
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ロウタが、ゆっくりと話し始める。
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「俺には……子がいない」
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視線が、ジロウタへ向く。
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「だから……こいつを後継に育てた」
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ジロウタが顔を歪める。
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「商いを教えた」
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「人を束ねることもな」
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一拍。
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「だが――」
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目が冷える。
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「こいつは、楽して儲けることばかり考えた」
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「積み重ねることを嫌った」
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「危険を、人に押しつけた」
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ジロウタが叫ぶ。
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「時代が違うんだよ!」
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「古いやり方じゃ食えねぇ!」
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ロウタは、静かに首を振る。
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「……だから叱った」
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「何度もな」
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そして――
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「ある日からだ」
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空気が変わる。
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滝の目が細くなる。
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「顔に傷のある男を連れてくるようになった」
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沈黙。
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滝だけが、その言葉に反応した。
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脳裏に浮かぶ。
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ハギー誘拐未遂。
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最初に戦った男。
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あの、“警察”を知っていた男。
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ロウタは続ける。
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「初老の大男だ」
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「それに――」
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苦しそうに息を吐く。
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「セキの総督補佐官とも繋がっていた」
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コーナンとサカンが顔を見合わせる。
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規模が違う。
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もう。
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ただの密輸ではない。
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ロウタの声が低くなる。
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「その頃から、こいつは俺の指示を聞かなくなった」
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「だから――」
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「絶縁しようとしていた」
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ジュノが静かに聞く。
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「その矢先か」
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ロウタが頷く。
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「……体を壊した」
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「寝込んでいたところを、拘束された」
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視線が天井へ向く。
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悔しさ。
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怒り。
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老い。
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全部が混ざっていた。
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「後は……好き勝手だ」
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「俺の名を使い」
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「部下を騙し」
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「西地区を、勝手に動かしていた」
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静寂。
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部屋の空気が、さらに重くなる。
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そして――
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滝は、ゆっくりとジロウタを見る。
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もう逃げ道はない。
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その目だけが、冷えていた。




