第59話 義兄弟
西地区の高台。
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代表商人ロウタの屋敷。
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夜。
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海が見えるテラスに、一人の男が立っていた。
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ジロウタ。
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夜風を受けながら、西の外れを見下ろしている。
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視線の先。
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廃造船所。
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本来なら――
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そろそろ火が上がる時間だった。
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証拠を消すための火災。
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そして。
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“口封じ”。
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だが――
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火の手は見えない。
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煙もない。
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ジロウタの眉がわずかに動く。
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「……遅いな」
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その時。
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部下が慌てた様子で駆け込んでくる。
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「ジ、ジロウタ様!」
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「東地区の代表、ジュノ様が……!」
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ジロウタが振り返る。
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眉が跳ねる。
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明らかな動揺。
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「見舞いに来られました!」
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沈黙。
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ジロウタの顔から、わずかに血の気が引く。
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だが――
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すぐに取り繕う。
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「……客間へ案内しろ」
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そう言いかけた瞬間。
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「いや、その必要はない」
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低い声。
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ジロウタが目を見開く。
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いつの間にか。
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テラスの入口に、人影。
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ジュノ。
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滝。
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サカン。
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コーナン。
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そして――
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北と南の代表商人たち。
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ジロウタの顔が強張る。
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「……勝手な真似を」
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「いくら東の代表でも無礼では?」
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ジュノは答えない。
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代わりに――
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静かに、西の外れを見る。
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火は、まだ上がっていない。
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そして。
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ジロウタへ視線を戻す。
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「廃造船所なら、もう終わってる」
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空気が止まる。
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「残っていた手下も、憲兵隊が押さえた」
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「火をつける前にな」
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ジロウタの表情が、一瞬だけ崩れる。
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滝が静かに続ける。
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「スミスを殺して、全部燃やす予定だったらしいな」
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沈黙。
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ジロウタは、すぐに笑みを作る。
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「……何の話か分かりませんね」
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「私は病気の叔父を支えていただけですから」
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ジュノが、一歩前に出る。
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「なら話は早い」
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低い声。
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「ロウタに会わせろ」
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ジロウタが即座に返す。
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「体調が悪い」
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「面会は無理です」
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ジュノの目が細くなる。
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「おかしいな」
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静かに言う。
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「義兄弟の見舞いに、顔も出さないとは」
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一拍。
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「考えられるのは二つ」
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夜風が吹く。
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「死んでいるか」
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さらに。
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「監禁されているかだ」
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ジロウタの顔が歪む。
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「証拠もなく!」
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「ガナトの掟を忘れたか!」
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「合議の町で勝手は――」
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「だから来た」
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北の代表が口を開く。
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「多数決だ」
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南の代表も前へ出る。
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「三対一」
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「今、この場でロウタとの面会を求める」
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ジロウタが言葉を失う。
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ジュノが静かに言う。
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「代表はライバルだ」
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「だが同時に――」
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一拍。
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「この町を守るため、戦争を生き残った戦友でもある」
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視線が鋭くなる。
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「義兄弟だ」
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そして。
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「貴様のように、表面しか見ていない若造には分からんだろうがな」
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ジロウタが叫ぶ。
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「誰か止めろ!!」
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「入れるな!!」
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部下たちへ怒鳴る。
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だが――
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誰も動けない。
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代表商人たちの圧。
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長年この街を支えてきた者たちの迫力。
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兵たちは、完全に呑まれていた。
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そして――
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ジュノが、寝室の扉へ手をかける。
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ゆっくりと。
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扉が開いた。




