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第56話 帰還

 朝。



 ジュノの屋敷。



 東地区の空気は、西とは違う。



 張り詰めているが――



 どこか秩序がある。



 門をくぐる。



 出迎えた使用人が、一瞬だけミリを見て目を丸くした。



 だが――



 何も言わない。



 ジュノの屋敷の使用人は、余計なことを聞かない。



 それが教育されていた。




 客間。



 ずっと待っていたハギーたちが立ち上がる。



 「お帰りなさい」



 ハギーが柔らかく笑う。



 だが、その視線はすぐにミリへ向く。



 ミリは、びくりと肩を震わせた。



 ミネーも静かに見る。



 「……その子は?」




 サカンが先に答える。



 「滝が拾った」




 「語弊がある」



 滝が即座に返す。




 コーナンが苦笑する。



 「まあ、だいたい合ってますが」




 ハギーが、くすっと笑う。



 「どうでした?」




 何気ない問い。



 だが――



 滝は顔をしかめた。



 「……腰、痛ぇ」




 一瞬。



 客間が静かになる。




 ミネーの表情が固まった。



 視線が、滝とミリを往復する。




 「……へぇ」




 低い声。



 笑っていない。




 滝が気づく。



 「あ?」




 ミネーが、すっと目を細める。



 「随分、お楽しみだったんですね」




 サカンが吹き出す。



 コーナンが咳払いして顔を逸らす。



 ハギーが困ったように笑う。




 滝は数秒黙ってから――



 「あー……違う」




 珍しく言葉を選ぶ。




 「椅子で寝た」



 「ベッドはそいつに使わせた」




 ミリが慌てて頭を下げる。



 「ほ、本当です!」



 「何もされてません!」




 その言い方で、逆に少し空気が妙になる。




 サカンが肩を震わせる。



 コーナンは天井を見た。




 滝が額を押さえる。



 「お前らな……」




 ミリは、おずおずとミネーを見る。



 そして――



 小さく言った。



 「……こんな綺麗な奥さんがいるなら」



 「何もしないで椅子で寝たのも、納得です」




 沈黙。




 ミネーが、固まる。



 「……は?」




 ミリは慌てる。



 「あっ……ち、違うんですか!?」




 サカンが盛大に吹き出した。



 コーナンも耐えきれず顔を逸らす。



 ハギーは口元を隠して笑っている。




 滝は深いため息。



 「違う」




 短く言う。




 だが――



 ミネーは、さっきまでより明らかに機嫌が直っていた。



 少しだけ口元が緩んでいる。




 「……なら、いいです」




 耳が少し赤い。




 コグシーだけが、その様子を静かに見ていた。



 何も言わない。



 ただ――



 わずかに目を細める。




 そして。



 奥からジュノが入ってくる。



 視線が、自然にミリへ向いた。



 「……なんだ、それは」




 滝は平然と言う。



 「この前クビにした奴の代わりだ」




 沈黙。




 「は?」




 ジュノの顔が少しだけ崩れる。




 滝は続ける。



 「身請けしてきた」



 「元はあんたから渡された金だ」




 サカンが吹き出す。



 コーナンが額を押さえる。



 ハギーは困ったように笑う。



 ミネーは呆れた顔をしていた。




 ジュノは、しばらく滝を見ていたが――



 やがて鼻で笑う。



 「勝手な男だ」




 ミリが慌てて頭を下げる。



 「す、すみません……!」




 ジュノは手を振る。



 「別に構わん」



 「働く気があるなら置いてやる」




 ミリの目が大きくなる。



 信じられない顔。


 ミリの目に、うっすら涙が浮かぶ。




 「……はい!」




 深く頭を下げた。




 やがて。



 全員が席につく。



 滝が、西地区での話を整理し始める。



 酒場。



 尾行。



 大量の出前。



 娼館。



 そして――



 「西地区の外れの、潰れた造船所」




 その言葉で。



 コグシーの目が、わずかに動く。




 滝は続ける。



 「酒場の使用人が、そこへ出入りしてるらしい」



 「口止め付きだ」




 ミリが小さく頷く。



 「……スミスさん、変な仕事に関わってるかもって」



 「リリも心配してました」




 沈黙。




 コーナンが腕を組む。



 「潰れた造船所、ですか」



 「隠れ場所としては分かりやすいですが……」




 サカンも頷く。



 「人目は避けやすいな」




 その時。



 コグシーが、静かに言う。



 「……妙だな」




 全員の視線が向く。




 コグシーは低く続ける。



 「“潰れた造船所”に、物を運ぶ意味がない」



 「本当に潰れているならな」




 空気が変わる。




 滝の目が細くなる。




 そして――



 静かに言う。



 「造船所は広い」



 「桟橋もある」



 「大型の荷も隠せる」



 一拍。



 「船も扱える」




 沈黙。




 ミネーが小さく息を呑む。



 ハギーの表情も変わる。




 滝の中で、点が線になり始めていた。



 セキから来た船。



 消えた職人。



 夜の搬入。



 そして――



 潰れたはずの造船所。




 滝が、低く言う。



 「……見に行く価値はあるな」

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