第53話 夜に紛れて
西地区――夜。
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灯りが、濃くなる。
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酒場の喧騒とは違う。
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粘つくような空気。
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笑い声。
女の声。
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男の欲が、形になった場所。
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その中へ――
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例の使用人が入っていく。
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滝たちは、少し距離を取って立ち止まる。
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建物を見上げる。
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大きい。
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人の出入りも多い。
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サカンが低く言う。
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「……どうする」
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コーナンも視線を巡らせる。
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「外から探るには、人が多すぎますな」
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滝は答えない。
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ただ――
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周囲を見ている。
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その時。
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気配。
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背後。
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ほんのわずか。
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だが――
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消えない視線。
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滝が小さく呟く。
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「……来たな」
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サカンが口の端を上げる。
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「尾行か」
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コーナンも苦笑する。
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「分かりやすい」
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滝は短く言う。
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「入るぞ」
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迷いはない。
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自然な流れ。
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遊びに来た客として。
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それが一番――
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怪しまれない。
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三人は、そのまま娼館へ入る。
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中。
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空気が変わる。
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濃い香り。
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笑い声。
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絡みつくような視線。
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だが――
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滝たちは崩さない。
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“遊びに来た顔”。
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すぐに、元気のいい男が近づいてくる。
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「いらっしゃい!」
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「初めてかい?」
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軽い調子。
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慣れている。
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滝は酒場で聞いた名前を思い出す。
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そして――
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「リリがいい」
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男が一瞬だけ眉を動かす。
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そして――
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「ああ、リリちゃんね」
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「悪いな、今ちょうど先約が入ってる」
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サカンとコーナンが、ほんのわずかに視線を交わす。
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――少なくとも、酒場の話は本当だ。
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滝はすぐに続ける。
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「じゃあ、同じくらいの年のやつでいい」
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男が笑う。
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「お、好みがはっきりしてるね」
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だが滝の中では、別の計算が動いている。
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――歳の近い女。
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――仲がいい可能性。
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――話が漏れる。
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間接的に、使用人の動きを拾う。
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男が手を叩く。
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「じゃあ案内するよ」
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三人は、それぞれ別に振り分けられる。
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サカンが肩をすくめる。
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「……仕事だな」
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コーナンが小さく頷く。
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「ええ、仕事です」
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滝は何も言わない。
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ただ――
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一瞬だけ、思考が逸れる。
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ミネーの顔。
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あの時の視線。
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心配そうな声。
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――「気をつけてください」
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滝は小さく苦笑した。
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「……仕事だ」
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自分に言い聞かせるように。
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それぞれの思惑。
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それぞれの覚悟。
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そして――
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わずかな緊張。
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扉が開く。
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案内される。
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別々の部屋へ。
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音が、遠ざかる。
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夜は、まだ深い。
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そして――
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この場所に――
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求めていた手掛かりがあるかもしれない。
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静かに。
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物語は、さらに奥へ進んでいく。




