第52話 偽りの宴
西地区――酒場。
夜。
灯りと喧騒。
酒の匂い。
笑い声。
昼間の重さが、嘘のように消えていた。
「……はあ、生き返るな!」
サカンが、豪快に杯をあおる。
机に叩きつけるように置く。
「これだよこれ!」
コーナンが苦笑する。
「昼間とは別の顔ですな」
だが、その顔もどこか緩んでいる。
「今日は飲みますか」
サカンがニヤリと笑う。
「飲むしかねえだろ」
「せっかく西まで来てんだ」
「なあ、滝?」
滝は、肩をすくめる。
「好きにしろ」
その言い方自体が――すでに“乗っている”。
サカンが笑う。
「よし来た!」
「親父! 酒だ、いいやつ!」
周囲の客も、つられて笑う。
完全に――“ただの遊び客”。
だが。
滝だけは違う。
視線が、店内を拾っている。
客の顔。
店の動き。
出入り。
見舞いをあえて夕方にする。
そのまま帰らず、一泊。
そして――飲む。
自然な流れ。
“よそ者が遊んでいるだけ”に見せる。
その裏で――探る。
そして、最初から分かっていることが一つ。
――見られている。
滝は、酒を口に運ぶふりをしながら小さく言う。
「……いるな」
サカンが笑う。
「だろうな」
「この騒ぎで来た連中だ、目立つわな」
コーナンも頷く。
「むしろ、いない方がおかしい」
誰も振り向かない。
誰も確認しない。
それでいい。
“気づいていないふり”が、一番情報を落とす。
その時。
扉が開く。
外から、男が入ってくる。
店の使用人だ。
肩で息をしている。
そして――
後ろには、大量の箱。
数人がかりで運び込まれる。
サカンが目を細める。
「……景気いいな」
コーナンも視線を向ける。
「酒場にしては多いですな」
滝は、何気なく店主に声をかける。
「外にも出してるのか?」
店主が振り向く。
「ああ?」
滝は軽く笑う。
「出前とか」
店主は鼻を鳴らす。
「大口ならな」
「金になるからよ」
滝は、少し間を置く。
「そんなに景気いいなら、仕事の話もあるかと思ってな」
店主の目が、わずかに細くなる。
「……さあな」
「うちは酒と料理を出すだけだ」
はぐらかす。
綺麗に。
それ以上は踏み込めない。
滝は何も言わず、酒に戻る。
――硬い。
――だが、動きはある。
考える。
どう崩すか。
その時。
先ほどの使用人が戻ってくる。
汗を拭いながら。
そして――
「親父、終わった」
店主が顔を上げる。
「おう」
使用人が続ける。
「じゃあ俺は帰るわ」
「リリちゃんが待ってるしな」
店主が、呆れたように言う。
「なんだよ、またか」
一拍。
「……娼館のリリちゃんか?」
店内に、軽い笑いが起きる。
使用人が肩をすくめる。
「仕事終わりだぞ」
「いいだろ別に」
軽い口調。
隠す気もない。
そのやり取りを――滝たちは聞いていた。
サカンがニヤリと笑う。
「……いい夜になりそうだな」
コーナンも小さく笑う。
「せっかくですし、我々も行きますか」
近くの客に軽く声をかける。
「この辺でいい店あるのか?」
男が笑う。
「初めてか?」
「だったら、あっちだな」
顎で方向を示す。
「外れねえぞ」
サカンが立ち上がる。
「決まりだな」
滝も、グラスを置く。
静かに立ち上がる。
「ごちそうさん」
「親父、残った料理を包んでくれ」
店主が鼻を鳴らす。
「はいよ」
滝は勘定を置く。
その間も――サカンは何気なく扉の方を見ていた。
使用人の姿は、まだ通りの先に見える。
「逃がしゃしねえよ」
小さく呟く。
包みを受け取る。
酒場を出る。
夜の西地区。
灯りの向こう。
使用人の背中が、消えていく。
その先にあるもの。
滝は何も言わない。
ただ――
遊びに行くような顔で。
自然に。
その後を追った。




