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第51話 名代の訪問

 ガナト・西地区。



 夕暮れの石畳の道を進みながら、滝は視線だけで周囲を見ていた。



 空気が違う。



 東の喧騒とは違う、張り詰めた気配。



 「……いきなり探るのは、まずいな」



 サカンが低く言う。



 コーナンも頷く。



 「人や船を無闇に探れば、すぐに目をつけられるでしょう」



 滝は短く答える。



 「今回は、軽く踏み込むだけで済む話じゃない」



 一拍。



 「下手すれば――命に関わる」



 その言葉に、空気がわずかに締まる。



 だからこそ――



 今回の動きは絞られていた。



 女性陣とコグシーは、ジュノの屋敷に残る。



 コグシーが同行すれば、ロウタ側も警戒する。



 今回必要なのは外交ではない。



 情報収集だ。



 無用な刺激は避けるべきだった。



 ミネーが、滝の前に立つ。



 「……本当に行くんですか」



 いつもの強気な調子ではない。



 真っ直ぐな目。



 心配しているのが分かる。



 滝は少しだけ間を置いて答える。



 「行くしかない」



 短い。



 だが――



 十分だった。



 ミネーは唇を結ぶ。



 そして小さく頷いた。



 「……気をつけてください」



 「分かってる」



 それだけだった。



 コグシーが静かに見ている。



 何も言わない。



 だが、その視線はどこか複雑だった。



 滝は気づかない。




 作戦は単純だった。



 ロウタが体調不良。



 ならば――



 見舞いに行く。



 ジュノの名代として。



 その名目なら、断れない。



 そして――



 中に入る。




 西地区・ロウタの屋敷。



 門は重く、閉ざされている。



 門番が鋭い目で睨む。



 「何の用だ」



 滝は一歩前に出る。



 「東のジュノ様の名代だ」



 懐から手紙を出す。



 「見舞いに来た」



 門番は無言で受け取る。



 封を確認する。



 視線が変わる。



 しばらくの沈黙の後――



 門が開いた。



 「……入れ」




 屋敷内。



 広い。



 だが――



 空気が重い。



 人の気配はある。



 だが、どこか張り詰めている。



 視線を感じる。



 見えないところから。



 滝は何も言わない。



 ただ、観察する。




 通された先。



 現れた男。



 「ようこそ」



 柔らかな声。



 だが――



 目は笑っていない。



 「私はジロウタ」



 「ロウタの甥です」



 丁寧な所作。



 隙はない。



 滝は軽く頭を下げる。



 「見舞いに来た」



 「ジュノ様からだ」



 品を差し出す。



 ジロウタは受け取る。



 「ご丁寧に」



 微笑む。



 表面上は。



 だが――



 何かが引っかかる。




 滝が続ける。



 「ロウタ殿に会えるか」




 わずかな間。




 ジロウタは首を横に振る。



 「申し訳ありません」



 「今は……とても人に会える状態では」



 言葉は丁寧。



 だが――



 壁がある。




 サカンが横から口を挟む。



 「最近、この辺りにセキから船が入ったと聞いたが」




 ジロウタの目がわずかに動く。



 だが、すぐに微笑んだ。



 「ああ、商船のことですか」



 「薬草や香辛料を運んできたと聞いています」



 肩をすくめる。



 「私は商売の担当ではありませんので、詳しくは知りませんが」




 自然だ。



 隙がない。




 今度はコーナンが聞く。



 「腕のいい鍛冶職人がいるとも聞きました」




 ジロウタは少し考えるような仕草をした。



 「職人なら大勢おります」



 「西地区は工房も多いですから」



 「どなたのことか分かりませんね」




 綺麗に流す。



 完璧に。




 滝は、それ以上踏み込まない。



 今は――



 それでいい。




 「……そうか」



 短く言う。



 それ以上は聞かない。




 ジロウタが一礼する。



 「お見舞い、確かにお伝えします」




 形式は整っている。



 だが――



 何も見せていない。




 屋敷を出る。




 外の空気が、少し軽い。




 サカンが小さく舌打ちする。



 「何も出さねえな」




 コーナンも低く言う。



 「用意された受け答えでしたな」




 滝は振り返らない。



 ただ一言。



 「……隠してる」




 断定はしない。



 だが――



 違和感は消えない。




 少し歩いたところで、滝が口を開く。



 「ロウタは本当に病気か?」




 サカンが顔を向ける。



 「何?」




 滝は前を向いたまま言う。



 「会わせなかった」




 コーナンが眉をひそめる。



 「それだけで?」




 「見舞い客を断る理由としては弱い」




 滝の声は淡々としていた。



 「本当に病人なら、一目だけでも会わせれば済む話だ」




 沈黙。




 サカンが低く笑う。



 「なるほどな」




 コーナンも頷いた。



 「見せられない理由がある、と」




 西地区。



 簡単には踏み込めない場所。



 だが――



 もう入口には立った。




 滝は小さく息を吐く。



 そして――



 「次だ」




 静かに言った。



 滝は歩き出す。



 西地区の闇は――



 まだ入口しか見えていなかった。

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