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第50話 境界

 客間。



 先ほどまでの騒がしさが嘘のように、静まり返っていた。



 ジュノが椅子に深く腰を下ろす。



 視線だけが、滝たちを値踏みしている。



 「……見事だったな」



 短く言う。



 「さっきの男はクビにしておく」



 それだけで済ませるあたりが、この男らしい。



 命は取らない。


 だが――



 “二度と使わない”。



 それだけで、この街では十分重い。



 沈黙。



 その空気を破ったのは――



 「……あの」



 モナだった。



 両手を握りしめ、前に出る。



 「夫のこと、話してもいいですか」



 ジュノは何も言わない。



 だが――



 拒まない。



 モナは、ゆっくりと語り始める。



 「ジンは……鍛冶職人でした」



 「腕は……よかったと思います」



 小さく、誇るように。



 「ガナトに仕事があるって言って……」



 「それで来て……」



 言葉が詰まる。



 「……帰ってこなくて」



 静寂。



 その時。



 ジュノが、指を組んだまま言う。



 「似た話はある」



 全員の視線が向く。



 「西地区でな」



 一拍。



 「腕のいい鉄砲鍛冶がいる、って噂だ」



 滝の目がわずかに細くなる。



 「……他にも」



 ジュノは続ける。



 「腕のいい職人が、集められているらしい」



 空気が変わる。



 モナが一歩踏み出す。



 「それ……ジンかもしれない!」



 「すぐに行きましょう!」



 だが――



 「待て」



 コグシーが低く止める。



 モナが振り返る。



 ジュノが、静かに口を開いた。



 「ガナトは四つに分かれている」



 指を軽く動かす。



 「東、西、南、北」



 「それぞれに代表商人がいる」



 「俺は東だ」



 視線がわずかに鋭くなる。



 「西はロウタ」



 短く告げる。



 「そして――」



 一拍。



 「互いの縄張りには、干渉しない」



 重い言葉。



 「それが、この街の掟だ」



 モナの表情が曇る。



 ジュノは続ける。



 「北や南に頼んでも同じだ」



 「どこも、自分の地区以外には手を出せない」



 そして――



 「逆に言えば」



 わずかに前へ身を乗り出す。



 「西も俺に手出しできない」



 沈黙。



 その一言で、すべてが決まる。



 「憲兵隊は?」



 滝が短く聞く。



 ジュノは鼻で笑う。



 「証拠があれば動く」



 「だが――」



 「無ければ、動けない」



 つまり。



 今は――



 動かない。



 ジュノが、最後に言う。



 「最近、そのロウタだがな」



 「体調を崩しているらしい」



 「だが、動きが妙だ」



 一拍。



 「以前と違う」



 さらに。



 「セキから来た船が、西に入ったという話もある」



 滝の中で、線が繋がる。



 だが――



 確証はない。



 ジュノは背もたれに体を預ける。



 「後は、お前たち次第だ」



 突き放すようでいて――



 十分な情報。



 沈黙。



 その時。



 「お願い……」



 モナが、滝にすがる。


 モナは、滝の腕を強く掴んだまま――離さない。



 「お願いします……」



 その声は、さっきよりも弱い。



 だが――



 必死だった。



 滝は一瞬、言葉を失う。



 距離が近い。


 柔らかい感触と体温が、妙に意識に残る。



 「……あー」



 珍しく、困った顔をする。



 ミネーの視線が刺さる。



 痛いほどに。



 「離れてもらえると助かる」



 やや早口で言う。



 モナが、はっとして手を離す。



 「す、すみません……!」



 俯く。



 滝は小さく息を吐く。



 視線を上げる。



 コグシーを見る。



 コーナン。


 サカン。


 そして――


 ハギー。



 全員、分かっている顔だった。



 ミネーだけが、少しだけ不機嫌そうに視線を逸らす。



 滝は、短く言う。



 「……行くぞ」



 それだけ。



 コグシーが小さく頷く。



 その時――



 「一つだけ言っておく」



 ジュノが、静かに口を開く。



 足が止まる。



 「俺は西に手は出せん」



 一拍。



 「だが――」



 視線が鋭くなる。



 「お前たちを支援することはできる」



 短い。



 だが、重い一言。



 「必要なら使え」



 それ以上は言わない。



 滝は振り返らない。



 だが――



 「……十分だ」



 それだけ返す。



 ハギーが静かに続く。



 「モナさん」



 やわらかい声。



 「一緒に行きましょう」



 モナが顔を上げる。



 涙をこらえながら、頷く。



 ミネーも、無言で歩き出す。



 もう――止めない。



 覚悟は決まっている。



 滝は、ジュノをもう一度見る。



 ジュノは何も言わない。



 だがその目は――



 “先を見てこい”と告げていた。



 客間を出る。



 ガナトの喧騒が戻る。



 だが――



 足は、迷わない。


 西へ。

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